2009年11月 8日 (日)

【慶應・三田祭】講演会のお知らせ!

        慶應義塾大学三田祭で講演会を行います!

 期日:11月21日(土曜日)で、三田祭2日目の<16時から17時30分>

 場所:慶應義塾大学三田キャンパス519教室

     *JR山手線田町駅、都営三田線三田駅下車徒歩8分

 テーマ:戦争文学と<ポスト戦後>

        ~「わだつみ」から「1Q84」まで

 当日は法政大社会学部教授の鈴木智之さんと、文芸評論家の陣野俊史さんとわたし(八柏龍紀)とで、文学の可能性と、「生き苦しくなっている?」現代社会の問題を話し合いたいと思っています。

 思うに現代の日本の社会とは、コピー(copy)とダウンロード(download)とライン(line)とノード(node)で組み合わされた社会、それがあっという間にできあがった感じがします。

 たしかに最近、自分の回りを見渡せば、面や時間(=歴史)で捉えることが少なくなり、「遊弋」と「無駄」、「異物」が排斥され、清潔でやたらに明るい、言ってみれば、角の取れた高層建築が建ち並び、チューブ型の空間道路が空中を幾重にも交差し、そのなかを無重力カーが走り回るような機能性と利便性に尽くされた近未来世界、几帳面で清潔感があふれ、テロも悪意もbleachされてしまっている世界。そんな世界へ向かっていっている印象があります。その一方で、取り除かれた暗さや陰惨さ、突然吹き出す悪意などはどこに溜め込まれているのか。

 そんなちょっと抽象的ではあるものの、人びとの向かう方向について、戦後および現代文学をネタにして語り合おうというのが、今回の講演会の目的らしい・・・と、わたし自身、勝手に思い込んでいます。    

 話は、けっこう空中を飛び回るかもしれませんが、「浮き世」の、あるいは「憂く世」にあって、なにかの摩擦点を見いだせるかなと思っています。人は、近くで見ていると物事をよくとらえることはできませんが、離れて見たり、ちがう視点から眺めれば、「あーなんだ」と納得することもよくあります。

 そんな講演会になれば・・・と願っています。

 なんたって、三田祭! 賑々しくご来場のほどを!

 

11月 8, 2009 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等 |

2009年11月 3日 (火)

自主ゼミ・第六講について(11月9日講義)

 第五講では、「非戦論」と「戦争」というテーマで、内村鑑三の「非戦論」などをテクストにして、宗教と戦争の関連についてお話ししました。宗教はキリスト教、イスラム教などを問わず、平和主義を標榜する一方で、つねに戦争のお先棒をかついできた印象があります。いま現在も、「Jihad(聖戦)」の名目のもと、テロが頻発している現実があります。その理由はなぜなのか? それを宗教そのものが内包する「Dogma」という視点と「Deductive(演繹的)」な論理に着目して論考し、さらに宗教的粉飾をまとった政治権力のありようも検討しつつ考えてみました。

 さらに、ハンナ・アレントの分析を借りて、「Justification(正当性)」と「Legitimacy(正統性)」の区分の視座から、暴力が結局は不当行為であるが故に、つねに「正当性」を主張しなければならないこと、その反面、権力はつねに正統性を求められることの相互の関係を考えてみました。

 講義は、ますます「平和」という意味へ深く垂線を降ろし、その実存的な意味について論考を進めてきています。次講は、チェ・ゲバラの「革命戦争日記」をテクストに、権力への「抵抗」について、武力反抗の正当性という観点から考えてみたいと思います。

 はたして内村鑑三らの説く「無抵抗主義」とゲバラらのキューバ革命における「ゲリラ」戦争の正当性をどのような「秤」にかければいいのか? そうした問題も含めて、「平和」へのアプローチをはかっていこうと思います。

 それと、11月7日(土)は、いささか早いもののゼミコンを開催するとの運営学生の提案がありました。これまでのゼミでのさまざまな疑問点をお互いに語るいい機会だと思いますので、受講生の方々のご参加をお待ちしております。

11月 3, 2009 0. 緊急のお知らせ, 2009年度自主ゼミ |

2009年10月24日 (土)

自主ゼミ【平和論】の10月26日は休講です!

 10月26日は、会場の都合により、休講です。

 第五講 「非戦論」と「平和」について~内村鑑三が説く「非戦」の論理について~は、11月2日(月)に開講されます。お間違えのないように、よろしくお願いします。

 ところで、今回の「大人のための歴史講座」ですが、東京近郊にお住まいではなく、また時間的に講座を受講できない方が、いらっしゃるかと存じます。本来なら、そのためにインターネット通信などを通じて、配信することも、今では可能になっているようです。そうしたskill(=技術・方法)も今後、検討する必要があるように思いました。

 文化系における大学教育が「専門性」という美辞麗句で飾られ、体系的、あるいは基礎的思考を育成する場所になっていない現実。実際、学生は単位を取るため、「学問」を単に目的化していますし、また少子化の中、大学が高等教育の機関とはなり得ず就職斡旋業者のような状況になってきてさえいます。しかし、そのなかでも大学はまだ、権威主義を振りかざしているように見えます。

 大学教育はいま、転換期に直面しているのかもしれません。たしかに、昨今、そうした学問や研究の現場において、さまざまな自由なアカディミズムが求められている時代になってきています。わたしたちの自主ゼミの試みなども、まさにそうしたものの一つです。

 もしかして、ネット配信は、そうした「大学」教育の権威性や閉鎖性を、切り崩すこととなるかも・・・。そんなことも考えられます。まだ、わたし自身、その現実をただしく掴んではいませんが、もしかしてとも思います。

 それはともかく、とりあえず第五講の開講日については、ご注意いただけますようお願いします。

10月 24, 2009 0. 緊急のお知らせ |

2009年10月17日 (土)

【第四講】のお知らせ

 前講では、カントの『永遠平和のために』をテクストとして、「平和」への実存的な意味を論考しました。カントが生涯過ごした東プロイセンのケーニヒスベルグの多元的な文化構造をヒントに、カントの「平和」への思想を追うという試みは、とても大切なことにように感じたしだいです。

 ところで、次講【第四講】では、クラウゼヴィッツの『戦争論』をテクストにして、戦争と暴力の問題について論考します。言うなれば、平和とは「かりにそれが戦争といった暴力にかこまれたものであっても、台風の目のように暴力から逃れている状態」であるとも言えます。したがって、戦争と平和という対置のありようも含めて、戦争、それにともなう権力、および暴力について考えてみることは重要に思います。

 10月19日(月)、池袋勤労福祉会館、17時半から。また、今回のレポートもよろしくお願いいたします。

10月 17, 2009 0. 緊急のお知らせ, 2009年度自主ゼミ |

2009年10月 8日 (木)

自主ゼミ 第三講について

 10月12日(月)は日本的には休日となっていますが、自主ゼミは第三講を開講します。テーマは<「戦争の世紀」からの離脱>で、カントの『永遠平和のために』を論考します。

 前講では、ジョージ・オーウェルの『1984年』を論考しました。「平和」が戦争や国家統制によって囲繞されている状況を、現代的な状況の透視画のようにジョージ・オーウェルが表現した意味を考えてみました。

 そこで次講の第三講では、領域国家から主権国家が誕生し、その後、国民国家が形成されていく過程について再度確認する作業とともに、国家と理性、国家意志と統制という地点から、カントの『永遠平和のために』を読みかえ、カントの考えていた「平和」についての論議を深めたいと考えています。

 第一講でホッブズの『リヴァイアサン』について、国家こそが「万民の万民に対する戦い」を抑制するという近代国民国家の「契約」について言及しましたが、第三講では、国家を律する「契約」の今日的な意味を考えてみたいと思います。今の国家や社会体制は、はたして「平和」への希求にどれだけの耐久性を持つのか。より新たな「平和」への試行が必要なのか。第四講のクラウゼヴィッツの『戦争論』につながる論考をしたいと考えています。

 本講と次講ともに、テクストならびに講義内容に、現代の平和を巡る問題性のような具体性が少なく、受講している皆さんには、難しい印象をもたれるかたもいらっしゃると思いますが、「国家」と「平和」を避けては通れませんので、資料等に目を通していただいて、些細な感想や質問でもいいので、お寄せいただければ幸いです。

 台風接近もあり、雨脚が強まっていますが、また次回月曜日、お会いできればと存じます。

10月 8, 2009 0. 緊急のお知らせ, 2009年度自主ゼミ |

2009年10月 2日 (金)

自主ゼミ【第二講】について

第二講は、10月5日(月:19時30分から)です。

 テーマは<「暴力」と「平和」について> ジョージ・オーウェル『1984』を読んで、です。

前講では、「平和」とは何か、という問いかけから、その論理と倫理が「戦争」との反措定から構築されていること、さらに「平和」そのものがすでに「PAX ROMANA」などで象徴されるように、内に統制と暴力を内包させていることをお話ししました。

そこで、次講では、そうした状況をもう少し見極める意味で、ジョージ・オーウェルの『1984』の一篇を皆さんにお読みいただき、それを含んで、統制と暴力の中の「平和」の現代的意味を考えてみたいと思います。

最近電車に乗るたびに思うのですが、電車では老若男女を問わず、ケータイやゲーム機でゲームをし、ヘッドホンで音楽を聴き、外部との遮断と音と内面の独占へ入り込んでいる状況が多く見られます。囲碁や将棋などと違った<与えられた>仕組みの中でのゲームと心地いいだろうという意図に満ちた音楽の中で、人びとは少なくとも安心を維持しているかのようです。

そんなことも考えながら、『1984』の現代的意味を論考してみたいと思っています。よろしくお願いします。

10月 2, 2009 0. 緊急のお知らせ, 2009年度自主ゼミ |

2009年9月24日 (木)

講座『平和論』について

 いよいよ9月28日(月曜:19時30分~21時)から自主ゼミ開講となります。

 夏学季は、『「大東亜共栄圏」の思想と現代』というテーマで、「大東亜共栄圏」構想がなぜ現れ出たのか、それとともに現代における「オリエンタリズム」とない交ぜになった「大東亜共栄圏」のベクトル(力学)のありようにも論考しました。明治以降、国民国家が形成されていく課程で、国家のもつ欲望が、結局は支配と被支配の序列化に収斂されていく道筋を、民衆の欲望が操作されていく課程を検証しながら 論を進めてきました。講義の際には参考文献を配布し、その読み解きのなかで受講生の皆さんの論考も深まったかと思います。

 そこで秋季講座では、夏学季で論考した戦争へのベクトル(力学)と対峙する意味で、平和へのベクトル(力学)についての講座を設けました。

 これまでの近代国家形成の歴史を振り返ると、「平和」とは何とも曖昧で、たよりなく、それでいて、だれでもここに依拠するかぎり「正義」の側にたつ欺瞞的な臭いすらする言葉のように思えます。そういえば、「LOVE & PEACE」などとポップな感覚で持ち上げられたこともありました。

 本講座では、「平和」について、その実在的な意味を問いかけたいと考えています。「平和」とはいったい何を意味するものなのか? それが「戦争」や「テロ」への<anti>な対抗軸として存在するものなのか。そして、それ以上に、私たちが求める「平和」とは何か? 「戦争」や「テロ」はつねにそれが行使されるとき一種の正当性を身にまとうものですが、はたして「平和」にそういった正当性はあるのか? わたしとわたしに関わる人びとの平和は、他の人や他の国籍を持つ人びと、および過去も未来も含めてまだ会ったこともない人びとの「平和」を侵略しないものなのか? あるいは、いま現在電車かバスであなたの隣に座っている人の「平和」は果たしてあなたが求めている「平和」と同じなのか?

 「平和」について考える手がかりを暴力や戦争などにもおきながら、毎週さまざまな資料を配付して、それを含めての講義論考をはかっていきたいと思っています。

 ほぼ毎週月曜日、全10回の講座は、仕事をお持ちで時間的余裕の乏しい皆さんには厳しい日程かと思いますが、人はどっかで仕事とは違った「活動」で心身ともに活性化をはかる必要と意義はあるかと思います。わたし自身もともに「学ぶ」姿勢で研鑽をはかっていこうと考えています。

 皆さんのご参集をお待ちしております。

場所:池袋勤労福祉会館

    住所:東京都豊島区西池袋2-37-4
          電話:03-3980-3131
          交通案内:池袋駅南口下車 徒歩約7分
   
受講申し込み:新人会・八木まで(mail:shinjin@afz.jp)

9月 24, 2009 0. 緊急のお知らせ, 2009年度自主ゼミ |

2009年8月20日 (木)

9月28日初講日で秋季講座を開講します。テーマは「平和論」です!

 9月28日(月)から自主ゼミ秋季講座を開講します。時間や会場などは下記にあります。

テーマは「平和論」です。平和とはなんとなく弱者の発想のように捉えている人も多いかと思いますが、実際はきわめてタフな思想です。もちろん平和思想の歴史的経過を論考しますが、今回は、国民国家における平和ではなしに、現代と未来、現在の国家体制が立ちゆかなくなる時代のトバ口に立っているわたしたちにとっての「平和」を考えてみたいと思っています。すすんでご参加ください。

      2009 年秋季講座〝大人のための社会哲学〟

             「平和論」 (全10講座)

  ~あらたな「暴力・テロ・戦争」と「平和」のありかたを考える!

日時:2009年9月28日初講日(月)から、原則 毎週月曜開講
   *全10回(10月26日、11月30日は休館日、最終講は12月14日を予定)

場所:池袋勤労福祉会館    住所:東京都豊島区西池袋2-37-4
                    電話:03-3980-3131
                    交通案内:池袋駅南口下車 徒歩約7分
   *受講料(全10講座):社会人(1万円)、学生(5千円)
受講申し込み:新人会・八木まで(mail:shinjin@afz.jp)

<はじめに>                                             
 わたしは、2000年から約8年、東大駒場キャンパスで駒場自治会主催の自主講座ゼミを開講してきました。2009年は大学を離れて、池袋の勤労福祉会館で7月まで夏季講座をおこないました。これまでの自主ゼミのテーマは、『戦後民主主義のゆくえ』であったり、現代社会における『消費論』であったり、アジアの中の日本という視座から『「在日」の現在』や『「他者性」という問題』、そして戦争へのまなざしの変容を論考すべく『「特攻」という罪責』や『「大東亜共栄圏」の思想と現代』など、戦後の日本を軸に、その時代や時の潮流にあわせて、さまざまな論考を展開してきました。そしてそのらのいくつかのテーマは、書籍化され、書籍を通じてまた別の角度からご意見などいただき、それを講座に反映させてきました。
 そこで、この秋季講座では、「平和論」というテーマで論考をはかろうと思いました。はたして「平和学」という学問が成り立ちうるか?「平和学」という学問は、現在いくつかの大学でも講座があるようですが、1989年に東西ベルリンの壁が崩壊し、さらに昭和天皇が没して、その後のバブル景気が循環するかのように世界に経巡り、その崩落もまた循環し、時代は「テロ」と「無差別殺人」が突如として勃発する時代へとおおきな転換をとげてきたように見えます。それは、同時に「国家」という擬制が、徐々に溶かされていくことを意味しているようですし、「人間」もまた、社会学者ジグムント・バウマンの言葉を借りるなら、その輪郭を近代的なフォルムから超現代的な「液体 liquid」に変容してしまったのではないか。そのなかで、とうぜん「平和論」も近代的「国民国家」の枠組みから論じるものとは異なった視座を必要としているように思いました。
 そこで、この講座では、これまでの「平和論」についての検証をおこなうとともに、いま現在という視座と未来50年ほどの「平和」のありようを論考しようと考えています。

【講義予定】 講座進行状況によって、予定は変更される可能性があります。
・第一講(9月28日) ガイダンス-「平和」と「戦争」いう思想について      
・第二講(10月5日) 「平和」を希求する意思ーその1~「カムイ伝」を読む!    

・第三講(10月12日)「平和」を希求する意思ーその2~カントの「永遠平和のために」

・第四講 (10月19日)  「平和」を希求する意思ーその3~内村鑑三の「非戦論」とは?

・第五講 (11月2日)  近代「国民国家」における「平和」とは何か? 

・第六講(11月9日) 第二次世界大戦以降の「ONE WORLD」と「平和」という思想
・第七講(11月16日) 「平和」の崩壊と再建についてーその1~「暴力」とは何か? 
・第八講(11月23日) 「平和」の崩壊と再建についてーその2~「安全」への希求    
・第九講 (12月7日) 「平和」の崩壊と再建についてーその2~「テロ」への渇望    
・第十講:最終講(12月14日) 「Globalism」と「暴力とテロ、戦争」の現在を考える!
  

   

8月 20, 2009 0. 緊急のお知らせ, 2009年度自主ゼミ |

2009年8月14日 (金)

今年は、わたしも靖国に行きます!

 やっと暑くなりました。でも、湿度が高くてちょっと苦手な夏になっています。

 ところで、新人会恒例の靖国神社8・15に、今年はわたしも、ちらっと参加しようと思っています。この時期は、何かと忙しいのですが、蝉の声がこだまする靖国の社に行くのもいいかなと思った次第です。

 今年は、靖国神社見学後、近代日本の聖地、神宮外苑に足をのばし、明治天皇の一代を描いた絵画を所蔵する、聖徳記念絵画館を見学する予定です、とのこと。結構楽しみです。新人会会員諸君には、すでにメールにて配信のことかと思います。興味があったら、ぜひご参加ください。
 

8月 14, 2009 0. 緊急のお知らせ |

2009年7月27日 (月)

宏究学舎2009年夏季講座終講、その他

 2009年夏季講座「宏究学舎」は、7月18日を以て終講しました。柄谷行人『近代文学の起源』を今回は、批判的な視点も交えて読めたのが,収穫だったかと思います。思想は、固定や教条化、あるいは信仰化しては結局は「ドグマ」となり、それへの解釈学で競うという、まことに空疎なありさまを呈することになります。その意味では、次回に続けることができたかと思っています。

 ところで、今年も新人会主催高尾山登山が8月1日(土)に迫ってきました。21回目の登山です。新人会みなさんの参加をお待ちしています。beer夏は、やっぱ、山でしょう!sun

7月 27, 2009 0. 緊急のお知らせ, 3. 宏究学舎 |

2009年7月17日 (金)

明日のイベント(上野夏祭り)のご連絡

 前回,お知らせした画像が小さく、詳細がわかりづらかったようで、すみません。下記に、きちんとしてものを貼っておきますので、よろしくご覧ください。

                                       

上野夏祭り 「上野に幸あれ七福神」
日時:7月18日(土) 16時~17:15
場所:上野不忍池 水上音楽堂
入場料金:1500円

お問い合わせ:NPO法人こども劇場 03-3895-6013

慰霊法要「ヒロシマ」
日時:8月8日(土曜) 開演14持~ と18時~
料金:無料
場所:新宿教王寺本堂
お問い合わせ:教王寺 03-3341-1314

7月 17, 2009 0. 緊急のお知らせ, 2009年度自主ゼミ |

2009年7月15日 (水)

「自主ゼミ終講」と「お誘い」について

 7月13日の第十講をもちまして、2009年度夏学期『「大東亜共栄圏」の思想と現代』の講座は修了しました。

 思った以上の多くの方々のご参集があり、講師をつとめたわたしとしても,実りの多い講座だったように思います。お集まりいただきました受講生の皆様に感謝申し上げるとともに、この日本という国の「時代性」はあるもの「歴史性」の欠落した状況をお話しできましたこと、またともに論考できましたことを、意義のあることと思い、これからに伝えていきたいと考えています。ありがとうございました。

 ところで、受講していただいた方の中に「ちんどん屋」さんがいらっしゃって、その方のイベントが、下記の要領で行われます。お時間がありましたら、おいでください。一つは7月18日(土)に開催されるものですので、期日が迫ってからのご連絡となってしまいました。ともに東京都内で行われます。

 お時間がありましたら、よろしくお願いいたします。

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7月 15, 2009 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等, 2009年度自主ゼミ |

2009年7月 7日 (火)

【わだつみフォーラム】のお礼、自主ゼミ・宏究学舎について

 【わだつみフォーラム】のお礼

7月4日のわだつみの講演会には、多くの方々にお出でいただき、ありがとうございました。「動員される抒情」がいまの社会を覆うっている「ぎくしゃくとした抒情」のありようを飲み込み、まだ予想がつかないものの、人々をして追い詰めていくことになるのではないか。それと過去における「特攻」「戦争」のありようを考えてみました。いろいろなご意見があるかと思いますが、次回こうした機会があれば、また一緒に考えさせていただきたく存じます。ありがとうございました。

 【自主ゼミ】について

one7月11日18時から新宿で「ゼミコン」を予定しています。場所など詳細につきましては、ゼミ委員にお聞きください。

two次講は、7月13日最終講となります。「いまどきの気分!」をテーマに、いまの時代の問題を論考してみたいと考えています。

【宏究学舎】について

宏究学舎最終講は、7月18日です。発表者が大学の期末試験のため、開始を14時30分ジャストからでないと間に合いそうもないということですので、今回は遅刻などないように、時間通りでお願いします。

7月 7, 2009 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等, 3. 宏究学舎 |

2009年7月 1日 (水)

7月4日「わだつみ」講演会の知らせ

 梅雨空の毎日がつづきます。でも、これで水不足はすこし回復したかもしれません。ところで、7月4日(土)の「わだつみ」講演会のお知らせをいたします。

 すでに、いろんなところでお知らせしていますが、『特攻と抒情』というテーマで、特攻と日本人のメンタリティについてお話しします。とくに「特攻」という行為の罪責について、日本人はどれほど認識をしてるか。上滑りなヒロイズム(英雄史観)や御国のために命を捨てたといった「お涙ちょうだい」的な抒情ではなしに、「特攻」という行為を指揮した軍や、それに歓喜し、涙を流した民衆の「罪」の深さに目をむけて考えてみたいと思います。

 多くのみなさんのご参集をお待ちしております。

日本戦没学生記念会(わだつみ会)発足60周年

わだつみフォーラム

 「戦争と抒情」

なぜ若者は「特攻」にむかったのか?

なぜ「特攻」攻撃に民衆は熱い賞賛をおくったのか?

「特攻」を敢行した国家や軍部の論理はどこにあるのか?

戦後における「特攻」の言説にひそむ問題とは何か

なぜ 「特攻」作戦は生まれたのか?

「特攻 」という問題を中心に、

「抒情」が事態を見えにくくする日本の危うさを論考する!

日時:7月4日(土)14:00~16:30(13:30開場)

場所:中央大学駿河台記念館(JRお茶の水駅下車)

講師:八柏龍紀(作家)

参加費:500

主催:日本戦没学生記念会(わだつみ会)http://tokyo.cool.ne.jp/wadatsumikai/

7月 1, 2009 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等 |

2009年6月20日 (土)

6月後半の講座について

 6月も後半に入りました。なにか梅雨らしくない空模様だったり、はっきりしない時代を象徴しているような日常です。でも、いままでもそんな感じだったかも知れません。ところで、6月後半の講座日程などについて、再度お知らせいたします。

one6月22日(月)は自主ゼミ『大東亜共栄圏の思想と時代』の第七講が行われます。今回のテーマは「大東亜共栄圏という擬制」についての講座です。本講座の中心テーマへの論考をおこないます。

 *ちなみに6月29日(第八講)は会場の池袋勤労福祉会館が休館なので、講義日は7月1日(水)に移動されます。

two6月28日(日)は【very50】主催講座「Regionalからの発信」(その2)が行われます。内容は、前回近代日本における「地方」の歴史と問題提起を行ったのに続き、「戦後の地方」の問題について論考します。3割自治や交付金制度の問題、そして高度成長期にあって地方が都市に従属させられていく状況などについてお話しします。詳しくは http://very50.com/  をご覧ください。

*あとは、来月7月4日(土)「わだつみ会」の講演会があります。それについては、またのちほどにご連絡します、

 

 

6月 20, 2009 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等, 2009年度自主ゼミ |

2009年6月11日 (木)

【宏究学舎】【自主ゼミ】などのお知らせ(6月第2週から3週にかけて)

      《ご連絡》

 梅雨っていえば梅雨空です。しかし、この時期の雨は、田んぼにはいい雨です。空からの清冽な水分が、稲に注がれ、稲の心をしゃっきりさせてくれます。

 でも、この雨は、世界の東辺の列島に住むわたしたちには、憂鬱なものでもあります。温帯モンスーン気候。この湿り気は、気分を重くさせるときもしばしばです。ただしものは考えようで、「人間、曇っているときもあれば、照っている日もあるさ」です。「晴耕雨読」の気分で、本を読んでみるのにいい季節かもしれません。

 さて、今週の【宏究学舎】(6月13日・土)は、いつものように尾山台地区会館で14時30分からです。今回のテーマは第5章の「児童の発見」です。近代において「子ども」は発見されたというわけですが、一時期、阿部謹也の『ハーメルンの笛吹き男』がよく読まれていたころ、子どもをめぐる伝説が、ブームになったことがあります。神隠しやさまざまな伝承のなかに、人びとの深層の心理がうごめいている。子どもを考えることは、いつの時代もその時代を映す鏡として大事なことなのかもしれません。

 つぎに【自主ゼミ】ですが、こちらの方は、6月15日・月、これもいつものように池袋の勤労福祉会館で19時30分からです。今回のテーマは『軍部とは何か?』です。日本の近代史における「軍隊」は、その構造や兵士の生活、将校やエリート参謀などの行動意識や思考回路などに、近代日本人の差別の構造や心性、さらに日本人の気質などが色濃く投影されたものでした。そんなことを具体的には、昭和恐慌以降の軍部台頭の時代背景をふまえてお話しします。自主ゼミも今回で中日を過ぎ第六講です。

 最後に、7月4日の「わだつみ会(日本戦没学生記念会)」主催の講演会のビラが刷り上がりました。参加希望の方がおりましたら、ご連絡ください。可能であれば、メールにてビラを送付します。

6月 11, 2009 0. 緊急のお知らせ, 2. 東大自主ゼミ講座, 3. 宏究学舎 |

2009年6月 2日 (火)

次講のガイダンス:【自主ゼミ】【宏究学舎】

 【2009年度夏学期自主ゼミ】 

 昨日の【自主ゼミ】~「大東亜共栄圏」の思想と現代第四講では、関東大震災と恐慌の歴史的背景を検討しつつ、大正デモクラシー以降の歴史的「問題」について論考しました。

 日比谷焼討ち事件や米騒動などを一つのスプリング・ボードとして、さまざまなかたちで民衆が社会表現をおこなっていた「大正デモクラシー」と云う社会諸相については、第三講で論考しましたが、それをふまえて、なぜそういったムーヴメントが、十数年を待たずして軍国主義や膨張主義へと急速な変容をとげたのか。関東大震災と恐慌によってもたらされた民衆の意識の変容を、経済的没落感を視座において考えてみました。

 しかし、質疑応答でもあったように、この変容を、ただの経済的側面を要因とする結論に導くつもりはありません。さまざまな社会事象の複合的な視座が要請されているのはもちろんです。次講は、大陸への進出についてがテーマですが、なぜ人びとは大陸へと希求したのか。この時代のアメリカ大陸への移民の問題も含めて、政治権力から民衆におけるマインドの問題まで論考してみたいと考えています。

 次講は6月8日(月)、会場は池袋勤労福祉会館で時間は19時30分からです。なお、今回は課題はお配りしましたが、提出期限は一週間ずらして、6月14日(日)の午前中までお願いします。

【2009年度夏学期宏究学舎】

 先週で、ほぼテクストの半分を読み終わったことになります。次講は、Ⅳ「病という意味」を扱います。いわゆるこれまで自明のものとされてきた私たちの感性や情緒といったものが、近代国民国家が形成されていくなかで、必然的に「発見」され「意識化」されていった状況を論考してきましたが、もうすこし、それはなぜなのかという視点に踏みこんで、次講からは論考する必要のあることを感じています。次講の発表者は、その点も含めて論考していただければと思います。

 次講6月6日(土)、会場は尾山台地区会館。時間は14時30分です。

6月 2, 2009 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等, 2. 東大自主ゼミ講座, 3. 宏究学舎 |

2009年5月26日 (火)

宏究学舎、【very50】次講について、《自主ゼミ》第四講について

  【宏究学舎】第四講について

5月23日は、《textⅡ》の「内面の発見」について論考しました。近代「国民」国家出現における「内面」とは何か。言文一致の出現との相関について、困難ではありましたが、論考が進んだことと思います。おそらく大切なのは、一人では理解出来ないtextも、様々な意見を交差させることで「読み」が格段に深まるということだと思います。さまざまな「読み=思考」をくぐらせることでの成果を、ぜひ期待したいものです。次講(5月30日)は、前回と同じ尾山台地区会館で、第四講「告白という制度」について発表・論考を進めます。

  

  【very50】6月の講義について

 5月24日の『「Regional」からの発信』第一講には、多くのみなさんがお集まりいただき、「地方」の問題が、切実な問題とされてきている今日的状況が、たいへんよく理解出来ました。次講では第二講として、戦後における「地方」の問題、いわば「地方」が「中央」によって寄生され、富も人材も吸い取られていった状況をお話ししたいと思います。日時は6月28日(日)、時間は17時30分から19時までです。詳しくは【very50】へ

http://very50.com/)

   

  【自主ゼミ】第四講について

 昨日(5月25日)第三講は終了し、「大正デモクラシー」の性格について論考しました。大正デモクラシーは都会的なひ弱なあだ花といった評価が多くなされていますが、実際はさまざまな階層が、新聞や雑誌などのジャーナリズムの広報活動と相まって、人権や市民的権利への欲求、膨張主義的帝国主義への警鐘をはげしく打ち鳴らした時代でした。次講では、それを受けて、そうした運動が十数年で朽ち果て、軍部の台頭を招いていく要因について、一九二〇年代から三〇年代にかけて相次いで発生した「恐慌」の本質を検証するなかで、考えていってみたいと思います。昨今の日本も、リーマン・ショック以降、経済の停滞がつづいていますが、それらが民衆のマインドだけでなく生活意識に、いかなる影響を与えるかも含めて論考したいと思います。課題のテクストの読みもあわせて、よろしくおねがします。日時は6月1日(月)、場所と時間は、いつもの池袋の勤労福祉会館、19時30分から21時です。

5月 26, 2009 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等, 3. 宏究学舎 |

2009年5月20日 (水)

さまざまなお知らせ(宏究学舎、【very50】、自主ゼミ

 古代は古墳だった八幡神社の森が、五月の颯々とした風にそよぎ、樹木の枝葉を大きく揺らしています。こうして書き物をしている部屋から、こんもりとした森が遠近の視覚を跳び越えて、隣家の屋根の上にのっかているように見えます。一年でもっともいい季節でしょうか・・・。

 ところで、次回(5月22日)の宏究学舎は、またまた尾山台地区会館に会場が戻ります。テーマは第二章の「内面の発見」です。「・・・風景が以前からあるように、素顔ももとからある。・・・しかし、・・・そのためには、概念としての風景や顔が優位にある<場>が転倒されなければならない」。いわば、意味するものという象徴性意味性が獲得されるためのある変容があるということでしょう。「近代」そして「国民」が登場した時代を考えるうえで、考えておかなくてはならないことのように思います。

 発表者は、しっかりとテクストを読み込んで、曖昧性を排除して発表に臨んでください。

 つぎに、5月24日19時30分~21時、大塚地域文化創造館で【very50】の講座が開かれます。詳細は、いつものようにhttp://very50.com/ でご覧ください。

今回の講座は、これから4回の連続講座で「地域」の問題について、お話しします。タイトルは、『「Regional」からの発信』~地域の時代の可能性~です。第一回の今回は、歴史的に、とくに日本の近代において「地域」いわば「地方」が、どんな情況におかれたのか、現代の「地域」「地方」がおかれているルーツを探ってみようという試みです。以降、第二回は、戦後社会における「地域」「地方」、第3回と4回は「地域」「地方」の復権と「中央(=occident)」なるものへの反攻を考えたいと思っています。

 最後に、自主ゼミです。第三講は5月25日池袋勤労福祉会館で行います。前回まで空調が効かず、たいへん辛い思いをいたしましたが、次回からは今度こそ、快適に講座が進められそうです。テーマは、第一次世界大戦の戦後デモクラシーである「大正デモクラシーの光陰」についてです。前講での日清・日露両戦争の意味をふまえて、第三講では、「国家」というものの「欲望」に論考をめぐらせたいと考えています。

 ところで、前回お配りした『かへりみはせじ』『軍装』はお読みいただきましたか? 『軍装』は途中落丁があったみたいで、たいへんご迷惑をおかけしています。ただし、文章から、その意味を探るには十分かと思いますので、レポートはよろしくお願いいたします。

 5月末は、なにかと講座が立て込んでいて、たいへんな受講生もいらっしゃるかと存じますが、インフル・ウィルスや過重ではしゃぎすぎている大臣や府知事の「いきがった」子供みたいな言動に振り回されないよう、今の地歩である足元とこれから訪れる時間を見すえて、颯々と過ごしていきたいものです。よろしくお願いいたします。 

5月 20, 2009 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等, 3. 宏究学舎 |

2009年5月12日 (火)

自主ゼミ(次週5月18日)について

 5月11日の初講日はお疲れさまでした。

 第一講のガイダンスと『「大東亜共栄圏」という問題』についての講義は、まだまだ具体的歴史事項をたどるかたちはとりませんでしたから、いささか抽象的だったかと存じます。次講以降、戦争の位相などを具体的な事実関係のもとで、講義を展開させていただきます。

 今回お配りした『蝗』という作品については、従軍慰安婦と兵士の交情、さらに「戦争」と「蝗」で象徴される情景について、いろいろな問題が浮き彫りされてくるように思います。その浮き彫りにされた問題を、きちんと自分の手のひらに載せて、さまざまにお考えいただければと存じます。「私」という普遍性、あるいは「自己」という普遍性が、渇望した「文明」意識と必要とされた「日本」という固有性の双方を併合しようとした結論であるとして、それがはらむ矛盾の深溝は、この作品にもよく見えてくるものと思います。まずは受講生のみなさんの「読み」をお待ち申しております。

 *追伸:今日はエアコンが作動せず、教室が蒸し暑かったと思いますが、係  の方にお伺いしたところ、次回からはエアコンが作動するとのことでした。

 *ところで、7月4日(土曜日、13時30分から16時30分くらいまで)「わだつみフォーラム」(きけ わだつみの会 主催)で、『特攻と抒情』というテーマで、講演を行います。場所は中央大学記念館(お茶の水駅下車)だそうです。昨年度の東大自主ゼミで行った講義での、戦争に総動員される「抒情」という問題に絞ったお話しができればと考えています。詳細は、また後日、ご連絡させていただきます。

5月 12, 2009 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等 |

2009年5月 3日 (日)

5月11日からの自主ゼミと昨日(5月2日)の宏究学舎について

 自主ゼミのお知らせ

 次週5月11日を初講日とする自主ゼミでは、受講生のみなさんに各講義それぞれのテーマに沿った「史料」を配布して、これをお読みいただくかたちで講座を進めて参ります。「史料」の内容は、かつて日本の植民地であった朝鮮半島での文学作品や戦前戦中に「外地」と呼ばれた地域での見聞を記した文章などです。各講義毎に配布いたしますので、欠席などの場合は、あらかじめご連絡ください。

 【宏究学舎】<次講>のお知らせ

 昨日(5月2日)は第一講として「ガイダンス」とその他レジュメ作成の手引きなどについて説明しました。第二講以降の発表者も確定し、これから本格的に講座は進行されます。

 そこで、第二講以降から参加したいという方は、事前にご連絡いただければ、第一講でのガイダンスの内容についてお知らせしたいと思います。ちなみに第二講は5月16日となります。5月9日は休講です。ただし、5月16日から参加希望の方は、5月9日にNPO法人「新人会」主催の『古本ツアー』がありますので、そのときご参加願えれば、資料その他をお渡しできるかと存じます。こちらのほうもご連絡いただければ幸いです。

 

5月 3, 2009 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等, 3. 宏究学舎 |

2009年4月26日 (日)

5月11日開講の「昭和史講座」ゼミのお知らせ

 5月11日(月曜:19時30分~21時)からはじまる『昭和史講座』のHPができました。運営委員の方からは、これから内容は充実させていくとのことでした。まずは、貼り付けておきますので、ご覧いただければと存じます。

 http://rekishikougi.main.jp/

4月 26, 2009 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等 |

2009年度夏学期:宏究学舎のお知らせ(その2)

 すでに宏究学舎開講については、当HPでお知らせしましたが、開講時期が迫って参りましたので、再度、お知らせします。

 宏究学舎は、2000年夏学期から開講し、これまでさまざまなテクストを講読し、論考を重ねてきました。ここ数年は、ハンナ・アレントやカール・マルクスのものなど、難解とされるテクストにも果敢に挑み、一人で「読む」ことの限界を、多くの「読み」を介在しながら、その理解を深めてきました。

 今回は柄谷行人の『近代文学の起源』(講談社文芸文庫1988年一刷)をテクストにして、近代国民国家成立における「国民」意識と「文学」の相関性および双方性を論考してみたいと考えています。「国家」とは何か? 「近代」と「いま」という時代の乖離等々、学ぶべきことがらが満載されたテクストのように思います。今年新入生として大学に学ぶ学生から、「国家」のありようや「近代」の示すものに関心を深めている人びとにも、このテクストは適宜なものかと思います。

 ゼミの進め方は、受講生がレジュメを作成し発表するかたちで進められます(大学のゼミと同じ)。初講日(5月2日)には、レジュメの書き方、発表の仕方などのガイダンスおよびゼミの運営についての講義がおこなわれます。はじめて参加なさる受講生のみなさんは、ぜひ出席いただけますようにお願いします。

 2009年度夏学期宏究学舎の参加については、当HPのメールアドレス(yagashiwa@hotmail.com)宛てに参加の連絡をお寄せください。

                     記

 初講日は5月2日(土)、時間14時30分から17時。場所は東急大井町線尾山台駅下車南方向(環状8号線方向)約3分の尾山台地区会館会議室です。当日は講座ガイダンスとゼミ運営の講義中心となります。

 第二講は5月16日(土)、そして原則毎週土曜日14時30分から全10講座(初講日を含め)を開催します。

 それでは、参加のご連絡をお待ちしております。

4月 26, 2009 0. 緊急のお知らせ, 3. 宏究学舎 |

2009年4月22日 (水)

5月11日からの講座についてのお知らせ

 5月11日初講日の自主ゼミのお知らせです。

 申し込みは、新人会アドレス( shinjin@afz.jp)八木君宛にお願いします。

2009 年度NPO法人新人会主催 

     自主ゼミ〝大人のための歴史講座・昭和史〟

『「大東亜共栄圏」 の思想と現代』(全10講座)

    昭和の歴史をいまこそふりかえる!
  Globalismの現在的状況と「昭和史」における
Japanizationの意味は?

  日時:2009年5月11日(月)初講日から毎週月曜開講
 *全10回(6月29日は会場が休館日のため最終講は7月19日の日曜日を予定)
 場所:池袋勤労福祉会館
      住所:東京都豊島区西池袋2-37-4  電話:03-3980-3131
      交通案内:池袋駅西口下車 徒歩約10分
  講師:八柏 龍紀 (作家・歴史教師)
  受講料(全10講座):社会人(1万円)・学生(5千円)
                             
<はじめに>                                             
 平成という時代も、はや20年を過ぎ、21世紀も10年を過ぎようとしています。そのなかで最近「昭和」を回顧する動きが見られるようになりました。その要因は、現在の「不確実性」の拡大や「国境」をはるかに超えたグローバリズムの渦がわたしたちの周辺に押し寄せてくるなかで、もう一度、わたしたちの近代および現代の歴史をたどり、自分たちの位置を確認したいという願望が拡大しているからと思います。
 本講座は、そうした視点に立って、「昭和」をさまざまな角度や時系列のなかから洗い出してみようと思って企画されました。講座は、わかりやすく具体的な事象や事件を題材とし、それぞれのテーマに沿いながら時代諸相の断面を見ていこうというものです。難しい理論や煩瑣な知識を求めず、つねにいまのわたしたちのありようと見比べつつ、講座を展開していきます。活発な質疑応答も加えつつ、受講なさるみなさんと、ともに講座をおこなっていきたいと考えています。
【講義予定】   
・第一講 ガイダンス-『「大東亜共栄圏(Japanization)」』という問題
        ~「明治」から「戦後」を覗いてみよう! (5月11日)
・第二講  「昭和」という時代の病い
        ~「文明開化」「富国強兵」の時代とは何か?(5月18日)
・第三講  「大衆文化」の形成とモダニズム
        ~大正デモクラシーという時代は何か?(5月25日)
・第四講  「恐慌」と「震災」は天譴なのか?
         ~なぜ恐慌はおこったのか?  (6月1日)
・第五講  「朝鮮」「満洲」への欲望
         ~なぜ大陸へ? ロマンか商売か?(6月8日)
・第六講  「軍部」とは何か?         
        ~2・26事件、満州国建国、日中戦争への展開(6月15日)
・第七講  「大東亜共栄圏」という虚偽
        ~「Japanization」と対英米戦争、いやだなぁ戦争! (6月22日)
・第八講  「戦後民主化」と「天皇」、そして「高度成長」時代
        ~「サザエさん」と「長嶋茂雄」が耀いていたぜ! (7月6日)
・第九講  「全共闘」と「ニューファミリー」は同じさ!        
        ~「欲望」を消費する時代とは?(7月13日)
・第十講:最終講-「昭和」の終焉と「Japanization」の結末      
            ~いまどきの「時代」への疑問? (7月19日)

4月 22, 2009 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等 |

2009年3月31日 (火)

2009年度夏学期<宏究学舎>と<社会人のための歴史講座>開設のお知らせ

 桜が美しい季節になりました。心なしか電車のなかではさまざまな地方の言葉が行き交っている印象です。春は、いろんな意味でのスタートの季節です。

 ところで2009年度夏学期(5月から7月)の講座予定をお知らせします。

 今年度は、東京大学駒場自主ゼミはおこなわず、時間を遅くしての【社会人のための近現代史講座】をおこなう予定です(講義内容に関しての詳細は4月13日に公示します)。

 テーマは「戦争に傾斜する論理性と抒情性」について、昨今の「GLOBALISM(グロバリズム)」に内在する問題点と、極東の島国日本が内在する「JAPANIZATION」といった現代的視座から、近代および現代日本の歴史問題を考えていきたいと思っています。

 ただし、難しい講座にする気持ちはありません。近現代の通史的知識を確認する意味でも、、あるいは日本の近現代史の流れを再確認する意味でも、教養主義的な講座を展開していこうと考えています。

 講座の進行は従来の自主ゼミと同じように10回の講座で、とくに「昭和」の時代を中心に時代的に配列された10の時代テーマに沿って講座を展開したいと考えています。日時は5月11日から7月13日までの毎週月曜日(19時30分から21時、講義質疑応答を含め約90分)。場所は池袋勤労福祉会館(池袋駅下車徒歩約8分)を確保しております

 つぎに【宏究学舎】の講座についてです。

こちらの方は、大学生を中心としてのゼミ講座です。柄谷行人の『日本近代文学の起源』(講談社文芸文庫)を基本テクストに、こちらは受講生にレジュメ作成と発表を義務づけて展開するゼミです。レヴェルは大学のゼミの卒業論文作成の程度をめざし、レジュメ作成の指導や発表・テーマ設定などの指導を行います(こちらも講座内容の詳細は、4月13日におこないます)。

 場所日時等は、5月2日初講日で原則毎週土曜14時30分~17時まで(全10回)。場所は世田谷区尾山台地区会館を押さえております(東急大井町線尾山台駅下車徒歩3分)。

 両講座とも参加資格等はございません。運営その他については、それぞれの講座ともゼミ委員(学生)がおこなう予定です。別途プリント・コピー代や場所代等を含めた受講料が若干かかると思いますが、それは4月13日にお知らせします。

 参加希望の方は、当HPのメールアドレスまで、希望の旨をお知らせください。

3月 31, 2009 0. 緊急のお知らせ |

2009年2月 2日 (月)

【very50】第6回講座 理想主義とリアリズムの相克~小林多喜二の見た現実

 2月15日(日)に【very50】の第六回講座を行います。

詳細は下記に掲示いたしますので、【very50】の掲示板をご覧ください。

 今回は「理想主義とリアリズムの相克~小林多喜二の見た現実」といったテーマで、小林多喜二の『蟹工船』などを素材として取り上げ、理想主義とリアリズム、そして現実のありようをいかに考えるかお話ししたいと思います。

 昨年、小林多喜二は、大企業の利潤追求の犠牲者ともいうべき「派遣切り」などの労働状況の悪化を受けて、一大ブームを呼び起こしました。私自身、そうした情動的な風潮に馴染みたくない性格なので、「カニコー」ブームといったこうした状況には、無視を決め込んでいました。しかし、相次いで小林多喜二関連の書籍が発刊され、それらが、現代の労働条件の劣悪さに便乗するかのような状況、または多喜二の作品と現代の状況との安易な接合にいささか「ムッ!」ときたこともあり、今回は「社会活動家として」という【very50】というテーマと必ずしも一致しないものの、小林多喜二の追い求めた「理想主義」のありようをお話ししたいと考えました。

 私たちも、一見そうではないように装っていても、生き方にある意味での「理想」を追い求めています。拝金主義だと批判されても、権力主義者だと攻撃されても、そこには自分なりの「分」をもち、心の内奥には理想的なありようを模索しているといえると思います。そうした内奥にある「理想」のありようを、小林多喜二という29歳で時の政府公権力によって虐殺された人物を通して考えてみることは、私たちの内部にある「理想のリアリズム」を知る意味で重要だと思っています。

 はたして「理想」とは何か? その文脈から小林多喜二の『蟹工船』などの作品を再読する価値は少なくないように思っています。2月15日の参集をお待ちしております。

 【very50】掲示板http://very50.com/

  *詳細は上記掲示板をご覧ください。 

2月 2, 2009 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等 |

2009年1月15日 (木)

1月18日【very50】渋沢栄一「マーチャント・スピリッツ」を考える!

 連絡が遅れましたが、1月18日(日曜日)午後19時30分から【very50】での講義を行います。

 今回のテーマは、明治時代、日本近代揺籃期に第一銀行や大坂紡績会社、王子製紙などさまざまな事業を「起業」した渋沢栄一を取り上げます。

 よく「侍ニッポン!」とか「武士道!」などという言葉が、世間では飛び交っていますが、じっさい日本人の多くは武士階級ではなかったわけで、こうした「武士」へのあこがれというか同一化には、わたし自身、不信感を抱いていました。

 渋沢栄一は、幕末期に武蔵国のいわば農商を一体化した豪農の生まれで、そのなかで世間を知り、のちに一橋家の用人となって時勢の動きと社会を知り、たまたまパリに赴くことで世界を知ったという経歴を持ちます。その思想は、近代的な合理主義ということができますが、少なくとも、武士道と呼ばれるような惑溺とは無縁な現実性に貫かれ、と同時に、それゆえに空虚で驕慢、卑屈で矮小な態度とは無縁な思想形成をとげた人物ということができるように思います。今回は、そうした渋沢栄一の行動を追うことで、空虚な自分探しや自己実現の手段としての起業の問題点をあきらかにして、いま求めるべきはなにかについて、議論できればと考えています。

 告知が遅れましたが、18日にご参集願えれば幸いです。

 詳細は、http://very50.com/ でご覧ください。

1月 15, 2009 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等 |

2008年12月31日 (水)

2009年 新年の手紙

 新年 あけまして おめでとうございます

 昨年中のみなさまのご厚情に感謝申し上げるとともに、本年2009年のみなさまに幸多かれという願いをこめまして、心から新年のおよろこびを申し上げます。

 思うに、21世紀はまたたく間にその10年を過ぎようとしています。ちょうど紀元1000年のころヨーロッパでは終末思想が起こり、人びとは不安と懼れのなかで11世紀を迎えたといわれています。しかし、予想された災禍は起こらず、その後、人びとは明るさの証しをしめすがごとく、家の壁を白く塗ることが流行したといわれています。

 現在の南欧の風景をあらわす、紺碧の空と群青の海。その空と海に挟まれ、深緑のオリーブの樹木を引き立たせる白い漆喰で塗られた家々は、そうした伝統を受け継いだものです。実際の白壁は、そこにAzul(=青)を混ぜているがゆえに、より一層の白さが浮きでるようにしているということですが・・・。

 しかし、21世紀の世界に、壁は白く塗られるのでしょうか。いまだに戦火は止む気配はなく、食糧と愛情を求める赤ん坊の泣き声は地上を低く被い、不安げに空を見つめている人びとを押しのけるようにして、価値のすべてを富貴と利益に求める資本という空虚が、隊伍を組んであたりを睨みつけ、優位を囲っているように見えます。感動も歓喜も、そして悲哀や苦痛も売り買いされ、人びとの心に黙しがたく存在する柔らくみずみずしい情緒は、もはやすり切れて「安い」意味のみしか与えられないような光景を目の当たりにすることがよくあります。明るさの象徴だった白い漆喰の壁。それをわたしたちははたして取り戻すことができるか。

 幾たびかの、そして幾億もの希望や期待を受けて、2009年、今日1月1日ははじまりをむかえます。戦火が絶えるために何をすべきか。悪化する地球環境にどんな言葉が必要なのか。そして、人が人を信じ、互いにそれぞれの意味を認めあう世界には、どんな感情が必要なのか。そんなことを、ふと思ったりします。

 いずれにせよ、この年2009年が、みなさまにとって意義深い一年となることを祈念して、つぎのような拙文をしたためました。今年もよろしくおつきあいをお願いします。

  石に刻む

いつのころから 
人類は 
記憶を石に刻み込んできたのだろうか

太古の人びとが描いた アルタミラの壁画
上海のフランス租界の墓地に 刻まれたEpigraph
サラエボの記憶が刻まれた 壁に穿たれた銃痕

二〇〇九年という新年
いまだつづく戦火の咆哮と
夜明けを照らす松明
無智と貧困と あきれるほどの軽薄と 
水平線から昇る太陽

それらを いったいどれくらい
過ぎて行けばいいのか

いつのまにか手から滑り落ちる 記憶にも
一滴の涙ほどの 意味はある
風が吹いてきて 肌を刺す荒野に
佇立する石の記憶

心の底に蓄積されるために
この年もまた 
石が宿す時間に 記憶を刻む

12月 31, 2008 0. 緊急のお知らせ |

2008年12月17日 (水)

【very50】12月21日の講座について

 12月21日(日曜:午後5時30分から7時)に【very50】の講座で、社会活動家としての宮澤賢治についてお話しをします。

 宮澤賢治は、『よだかの星』や『銀河鉄道の夜』など幻想的世界を描いた童話作家的な印象を、多くのみなさんはお持ちでしょうが、そうした芸術家という側面以上に、「教師」として、「農業技術者」として、または市井の「社会改良家」、あるいは「芸術家」として、東北岩手の風土や人びとと深く交感し、その土地と生活の中で自らのありようを求めつづけた人でした。

 かれをそうした運動にすすませたものは何か。わたしたちは、よく「自分は何のためにあるのか」という問いを必然的に発することがあります。それは、人間のありようが、目的をもって生まれ出たものではなく、人間が、いまの自分をとりかこむこの世界の中で、いかにあるべきかを模索するように運命づけられた存在であるがゆえのことかも知れません。

 それは、サルトルの言葉では「人間の存在は、本質より実存が優先する」ということだと思います。ハサミには、ハサミとしての目的、つまり本質があるけど、人間には、そうしたものが存在しない。

 冬の夜空を見あげていると、澄んだ空気に多くの星が瞬いています。宮澤賢治は、星が送り届ける光に希望を見出し、反対に雲が厚くかかり、雨が降り出した暗い夜空にも、その向こうに星が瞬いていることを、いつも楽しげに語る人だったようです。

 【very50】における2008年の講座はこれで最終講となります。

 詳細は http://very50.com/ です。

    

 

12月 17, 2008 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等 |

2008年12月10日 (水)

2008年秋季宏究学舎は終講となりました+12月14日【very50】について

 2008年秋季の宏究学舎「マルクス『経哲草稿』を読む」の講座は、12月6日を以て終講となりました。いまどきマルクスなんか読まないという若者が多いなか、この難解なテクストに取りかかった受講生の勇気は、おおいに意味あることのように思います。たしかにわかりにくく読みにくいテクストでしたが、そこでの国民経済学批判やヘーゲル批判、および「疎外」論、「止揚」の意味などの論考は、現代社会はもちろん現代哲学を考える意味でも大切なことだったように思います。

 どこかの講演会でお話ししたことがありますが、一人で本を読み、一人で理解に達するのも大切ですが、ある程度の人数で、難解な内容のものを読み解いていくことで、より内容への理解が進むことはよくあることです。一人より二人、二人より三人、三人寄れば文殊の知恵のたとえではありませんが、今回の宏究学舎も、そうした意味で受講生のみなさんには、いい経験になったかと思います。今後も、こうした機会を設けて行きますので、大いにご活用ください。

 ところで、12月14日(日)と21日(日)には、【very50】で、それぞれ『小田実という「現実」』、『宮澤賢治という「実現」』というテーマでお話しをします。小田実については、個人的体験の実現する場としての「時代」との対話について、宮澤賢治については、自己犠牲という思想のありようとその実存的表現について、現代社会の「ありよう」や「生きかた」にそったかたちでお話しできればと考えています。お話しする場所や時間などの詳細については、【very50】のHPをご覧ください。

http://very50.com

 みなさんのご参集をお待ちしています。

         

12月 10, 2008 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等, 3. 宏究学舎 |

2008年12月 4日 (木)

【very50】講座のお知らせ(12月7日講義)

 12月7日に前回の「福澤諭吉講座」の第二回目の講義を行います。

 第一回目では、福澤諭吉の思想を「独立」と「実学」という二点に絞ってお話しをいたしました。第二回目は、そうした福澤の思想が、日本の近代という時代のなかで、どのように展開していったのか、そうした視座から、現代のありようを逆写象しようと考えています。

 福澤の思想は、功利主義や文明至上主義、あるいはアジアへの蔑視(とくに「脱亜論」)といった片言隻句で片付けられることが見受けられますが、その思想の源泉をたどっていけば、「noblesse oblige」という当時の士族階級の息づかいが濃密に感じられます。さらにものにこだわらない、福澤のことばでは「惑溺」に陥らない精神性の気高さを保持し、ドグマに陥ることのない精神の健全性を社会や世界の関係性のもとで意味づけようとしています。そうした福澤の思想活動、実践活動は、現代社会において最も欠落した精神の何かを思い出させてくれるように思います。

 第一回目の講座に参加してないかたも、今回の講座ではいわば福澤の現代的な意味を問うわけで、充分に討論に参加できることと思います。お時間がありましたら、参集いただければ幸いです。なお、【very50】のHPは以下の通りです。

     http://very50.com

 ついでに、【very50】では、12月14日(日)、21日(日)もテーマを変えて講義を行います。14日は先日亡くなった小田実について、21日はまだ未定ですが、日本近現代の社会活動家および思想家について、現代的意味を視座に据えながら論考していきたいと考えています。講義は講義として、それ以上に参加者みなさんの積極的な質疑応答こそが、活力と思想の深まりを作っていくように思っています。宜しくご参集いただければと存じます。

12月 4, 2008 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等 |

2008年11月30日 (日)

11月29日トークライブ<新宿ロフトプラスワン>のお礼

 11月29日の新宿ロフトプラスワンでのトークライブには多くのみなさんがおいでいただき、ありがとうございました。わたし自身が思うに、論議は「世代論」という範疇を踏み出せず、ある意味、社会および世界への関わりかたの閉塞性が反映したかたちで、きわめて歪な構造が不安げに広がったまま終了した感があり、いまの出版業界や文学の状況が逆写象された印象を持ちました。

 人がどのようにして社会および世界(世の中)と結びつくかのスキルが、携帯やネットによって疎外されていく崩壊状況を、そこに希望的観測を持ち込む論拠をはるかに超えて、衰退している状況が、今回のパネラーの方々の発言からも感じられたことと存じます。

 やはりわたしは、人と困難でも交わっていたい。そんな気持ちを昨日ほど強くもったことはありませんでした。それが講演会でのテーマ、コミュニケーションの役割だと思います。だれとコミュニケーションを取るのではなく、アレントの言う「テーブル」にいかにつくか、その意識が疎外された議論がたらたらと続くのは、よくないことのように思います。

 ところで、人との交わりで、来る人去る人さまざまですが、先日の講演会で、わたし自身思ったことは、人の力の大切さです。今回の講演会を支えてくれた新人会の諸君に感謝するとともに、大切なものを語る意味を再確認させられました。「大切なもの」それ自体は曖昧ですが、わたしとある時期を過ごした学生諸君は、理解していただけると思います。これまで、多くの人びとがわたしと時間をともにし、語り合い、また去っていきました。でも、時間に余裕があるなら、そうした君たちにお願いがあります。もう一度、思いっきり語りませんか。そんなところから、コミュニケート、つまりは人と人との連累(=implication)を再考したく思っています。

                          

11月 30, 2008 0. 緊急のお知らせ |

2008年11月19日 (水)

11月29日トークライブ<新宿ロフトプラスワン>のご連絡

 11月29日(土)のトークライブの前売りチケットについてのお知らせです。

 わたし自身、コンビニでチケットを買うなどしたことがないので、担当の学生諸君に聞いたところ、下記の要領で、買うことが出来るとのことで、掲示しておきます。

*チケット購入に当たっては、ローソン店頭の「Loppi」という機械での購入が一般的だと思いますが、今回のイベントのチケットは「Loppi」の検索機能では見つけづらくなっています。
そこで「Lコード」という機能を使います。これは、個々のイベントのチケットに割り振られた取り扱い番号です。
これを知らないと、せっかくチケットを取ろうとローソンに足を運んでも、機械を前にして途方にくれることになってしまう恐れがあります。ですので、あらかじめこのLコード<
Lコード:39028>を控えてからローソンに赴くようお願いします。

トークライブのHP(
http://talk-about.main.jp/)もご覧ください。

 今回のトークライブは、これまで姜尚中さん森達也さん、雨宮処凜さんと行った講演会とは違う感じで、ポップな感じ(マジ、古いか?)ですすめられるとのことです。先日秋葉原で開催された文学フリマで今回のトークライブの冊子を販売したのですが、4時間でほぼ90冊近くの売り上げとのことで、なんで?という感じはあるものの、わたし自身そこそこ楽しみにしています。ただし、講演者の中でひとり70年代を知っている年齢ですので、そこは「大人の対応」を、と考えていますが・・・。

 まずは多くのみなさんのご参集をお待ちしております。「物の貴きには非ず、その働きの貴きにあり」活発な議論をしていきましょう!


11月 19, 2008 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等 |

2008年11月11日 (火)

連続講義のお知らせ(very50)

 夏におこなった【very50】で、また連続講義をおこないます。初日は11月16日(日)、場所は池袋の旧日の出小学校です。詳細は、【very50】のHPに掲載されていますので、そちらをご覧ください。http://very50.com

 今回は、ここ数10年のあいだ、世界に蔓延する戦争やテロなどの暴力、そして暴風雨のような資本の暴走に人びとの生活がめちゃくちゃにされている状況をふまえ、そのなかで、どのように思想の軸を立てていったらいいか、そうしたテーマでお話ししたいと考えています。

 そこで、第一回と次回は、福澤諭吉の思想のありようを再考して、そのなかにある「つね日ごろの思想」といったものを、福澤の教育論から拾い上げて、みなさんと考えていきたいと思っています。福澤諭吉といえば、『学問のススメ』で知られていますが、意外にこの本は読まれないまま、ただ先入観で福澤が語られていることが多いように思います。端的に言って、いまの日本社会における教育や思想のありようは、福澤が主張していたものの、真逆のあり方となっていることを、まずは認識の第一の扉として、この地点から、いまと福澤の時代を比較しつつ、論を進めていきたいと考えています。

 それ以降は、まだ確定ではないものの、小田実、渋沢栄一、開高健、堀田善衛などそれぞれの時代を切り開いていった思想家に注目して、いまの日本あるいは世界にとって必要な思想のあり方を、ともに議論できればと考えています。

よろしくご参集ください。

11月 11, 2008 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等 |

2008年10月26日 (日)

11月29日のトークライブと宏究学舎のお知らせ

 11月29日(土)のトークライブの告知がTBSラジオのHPにのっています。以下にアドレスを張っておきます。http://www.tbsradio.jp/life/index.html

 今日選挙を前にして、麻生という人が首相として秋葉原で若者をターゲットに、演説会をしたそうですが、マンガやアニメを持ち出して、スリスリする68歳というのは、なんとなくキモイというより、うさん臭い感じです。29日は、なんかもやもやとしてわかりにくい時代の実像を、みなさんの質問意見をうけつつ、真っ向から切り込み、考え、しゃべり、その姿を映しだします。みなさんのご参集をお願いします!

 それと、トークライブに向けてのフライヤー(事前の冊子)を販売しているようです。11月9日(日)秋葉原でおこなわれる【文学フリマ】というイヴェントで販売しているとのこと。詳細は下記に入れておきます。

        ↓

 ◎広報部制作の同人誌、完成間近!◎ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
現在新人会広報部ではトークライブとの連動企画としまして、ゲストお三方のプレ・インタビューを収録した同人誌を制作しております。
この同人誌は、11月9日(日曜)に開催される「文学フリマ」にも出品され、会場には新人会のブースも出展します。
※ しかもブースは『ロスジェネ』、『フリーターズフリー』の近く!他にも東浩紀の「ゼロアカ道場」などのブースもあります。
この同人誌は当然29日のトークライブ会場でも販売しますが、部数に限りがあります。
ぜひ早めに欲しい、ライブ前にゲストの話をまとめて読んでみたいという方で、もしお時間のある方は11月9日(日曜)、JR秋葉原駅南東にある「東京都中小企業振興公社・秋葉原庁舎2F」までおこし下さい。
(「NPO法人」のブースなんて普通ありえなく、恐らく浮いているのですぐ分かるかと思います。。。)
開場:11時
http://bunfree.net (文学フリマ公式HP) ※参加団体欄をチェック!

 

 ところで、次週11月1日の宏究学舎は、わたしの都合で休講です。11月8日(土)に第七講をおこないます。場所は、これまでの等々力ではなく、尾山台地区会館です。お間違えのないようにお願いします。テクストは、「私有財産と共産主義」「欲求、生産、分業」の二章です。発表する受講生は、一週空きますし、そろそろ実力発揮の環境が整いつつありますので、しっかりと取り組んでください。何度もテキストを読み、それぞれの段落や文節ごとに何が書いてあるのか精査しつつ、レジュメの作成をはかってください。

 

 

10月 26, 2008 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等, 3. 宏究学舎 |

2008年10月20日 (月)

宏究学舎第六講のおしらせ

 11月25日、宏究学舎第六講は等々力地区会館でおこなわれます。前講は、「疎外=外化」についての問題と、アダム・スミスやリカードの説く国民経済学の問題が、あるところまでわかりやすく説明されていったという理解をわたし自身はしています。

 ところで次講は、第三草稿における私有財産と労働、そして共産主義の論考に入ります。マルクスの捉え方として、それを社会経済における哲学と見ようとする学派と、一方で、その革命的な希求を中心に考えていこうという学派があります。もちろんマルクスは、その双方における方向性を示したわけですが、理解のありようとして、どちらに重点を置くかは、それぞれにおけるマルクス理解の違いを超えて、きわめてイデオロギッシュに論争されているところでもあります。教条主義の問題は、マルクス理解にとって大きな問題のように思えます。そうした意味でも、次講はそれもあわせて論考できればと考えているしだいです。

 次講も、いろいろな問題をより感じ取っていただいて、活発のな意見をよろしくお願いします。

 ところで、12月にも会場を押さえていますので、宏究学舎秋季講座修了後、適宜なテーマに則って、三講座ほど講義をしようかなと思っているしだいです。もし、やってほしい歴史や哲学的なテーマがありましたら、本HPのメールまでお寄せください。

10月 20, 2008 0. 緊急のお知らせ, 3. 宏究学舎 |

2008年10月14日 (火)

宏究学舎 第五講のお知らせ

 前講では、「疎外=外化」ということをテーマに、ホイエルバッハをふまえてのマルクスの「疎外=外化」の捉え方、それから展開されていくアレントの「疎外」概念、さらに「疎外=外化」が人びとから避けられえないものとして、むしろ疎外も含めての「関係性」という開放系の回路のあり方について、少しお話ししました。そんなこともあって、第五講は、「疎外された労働」についての再考察をはかりながら、第二草稿の「私有財産の関係」について論考します。

 次講は10月18日(土)。場所は、前回同様、等々力地区会館です。よろしくお願いします。

10月 14, 2008 0. 緊急のお知らせ, 3. 宏究学舎 |

2008年10月 9日 (木)

宏究学舎 第四講のお知らせ+トークライブのお知らせ

 宏究学舎第四講(10月11日・土)は、テクストの「第一草稿」最終章、「地代」と「疎外された労働」について論考します。今回の会場は、また等々力地区会館となります。お間違えのないようにお願いします。

 前講でも討議されたことですが、今回のテクストは、字面だけをよんでいたのでは、いまひとつイメージがつかめない部分があるかと思います。ただし、マルクスは巧みに国民経済学の論考をとらえ、その考察から受け継がれるものをふまえつつ、その矛盾や問題点を解き明かしていくスタイルを貫いています。ですから、読む際には、マルクスが引用した内容の方向性を見据える一方で、いま現在のわれわれの社会における現実的な矛盾について、自分なりに考察してみるということが大切です。このマルクスのテクストは、経済学説を説くというより、われわれに社会矛盾を示唆し、現在われわれがおかれている現実への「気づき」を促すものとなっています。そのマルクスの方向性をいかに自らのものとするか、そこがこのテクストを読み取る鍵のように思います。

 ところで、11月29日13時から、新宿歌舞伎町にあるロフトプラスワンで、水無田気流さん、速水健朗さんとのトークライブを行います。チケットはローソンで前売り1000円で販売しています。タイトルは、『<わたし>氾濫時代の表現』です。いわば若者論を含めた世相論ということになります。詳細は、おって今月下旬にHPで掲載しますが、ぜひおいでいただければ幸いです。

10月 9, 2008 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等, 3. 宏究学舎 |

2008年9月22日 (月)

宏究学舎 第三講座のお知らせ

 ◇宏究学舎の連絡が、一時滞りましてすみません◇

次講は10月4日(土)で第三講座ということになります。場所は上野毛地区会館です。東急大井町線上野毛駅下車、環8内側の道を等々力方面に5分ほど歩くとあります。

 前講では、第一草稿(1)の「労賃」について発表があり、それにそってのマルクスの読み方について論考しました。テクストは、マルクス26歳のころ書かれたもので、いわゆる初期マルクスのテキストとして知られ、ヘーゲル左派(青年ヘーゲル派)の影響における文体や表現が目につくものですが、そうであってもマルクスの「疎外論」については、このテクストが、もっともマルクスの考察を映しだしているもののように考えられています。

 いわばこれまで、「人間とはなんぞや?」という問いに、多くの哲学者は、経済的な視座から捉えることなく、思惟のみにて人間が存在するが如く、宗教的哲学的な論考に明け暮れていました。それをマルクスは、思惟とはその人間の経済的行為や格差によって規定され、そうしたものを「下部構造」としたうえで、「下部構造」と「上部構造」の相互浸透によるその社会的相互の関係のなかから読み取ろうとしました。いわば、哲学を経済的視点から考え、経済学を哲学としてとらえるという意味がここにあります。

 昨今まで、いわば「夢追い系フリーター」といわれた「やりたいことがあるから」とか、中田英寿の「自分探し系」などの若者のありように、それを一つのファッションとして甘やかし、肯定していた社会や権力が存在していること、そのこと自体に言い知れぬ作為的な、あるいは皮相的な詐術のありようを感じていました。それとともに、「小泉改革」なる軽薄な政治運営で生み出された労働市場の規制緩和、そして、それらがもたらした現在の若者が置かれた惨憺たる現状を、マルクスを再読することで認識の俎上にあげ、いま『蟹工船』を読んでいさえすれば「社会派」だと思い込んでいること自体の惰弱さを、あえて批判の俎上にあげる意味を、このテクストを読むことにおいて意図しています。

 第三講座は、第一草稿の(2)資本の利潤についての論考となります。まずは、徹底的にテクストを読み詰めていく作業を必要としています。受講生のみなさんの積極的な「読み」をよろしくお願いします。

 *くり返しますが、9月27日(土)は休講となります。

9月 22, 2008 0. 緊急のお知らせ, 3. 宏究学舎 |

2008年8月25日 (月)

宏究学舎 秋季講座のお知らせ

          【宏究学舎】秋季講座のおしらせ

 9月13日(土曜日)を初講日として、宏究学舎を開講します。この講座は、大学でのゼミナールと同じく、受講生の発表(レジュメ作成)を中心に、チューターによる運営と私(八柏)の講義で進行するものです。テクストは、カール・マルクスの『経済学・哲学草稿』(岩波文庫)とします。ただし、今回は、講義の部分に充分時間を確保し、よりテクストの理解を深めていく予定です。詳細については、下に記しますが、多くのみなさんのご参加をお待ちしています。

                記

講座目的:非正規労働者や請負など、労働の価値が不当に軽視されている今の状況に対し、労働の意味や社会における仕事の価値などを考えたい。カニかまぼこを食べながら、『蟹工船』を読むといったブーム便乗も悪くはないが、より哲学的に「労働」「仕事」「活動」などの意味を問い直す必要を痛感する。かつてマルクスを読むことが硬直した「主義」を手に入れることを意味した時代があったが、そうした地平を越えて、あらためてマルクスのもつ哲学性を見直すことで、柔軟な「思考」のあり方を探求したい。

日程:2008年9月13日(土曜日)*原則として毎週土曜日開講(11月22日までの9講、予備日含む) 

時間:14時30分から17時まで / 場所:世田谷区等々力地区会館(東急大井町線等々力駅下車徒歩9分)

受講料:3000円(会場費その他のため) *発表者はそのほかにコピー代が必要です。

    

 

8月 25, 2008 0. 緊急のお知らせ, 3. 宏究学舎 |

2008年7月23日 (水)

【very50】第三講(最終講)のおしらせ

   7月26日(土)の18時30分~20時、【very50】の第三講(最終講)の講義を行います。これまで「消費」と現代のありようを消費メカニズムやフェミニズムとの関連でお話ししてきましたが、今回は「場」(Topos)の視座からお話しします。果たして、いまのわたしたちには、空間的にも時間的にもあるいは精神的にも「居場所」というものがあるのかというテーマです。

 現代社会を見渡してみたならば、地域や家族が地殻変動し液状化している状況で、はたしてわたしたちが生物として、あるいは精神活動をおこなう人間の場所とは、存在するのか。わたしには、そうした場所がすべてに「消費」を媒介にせずには存在していないのではと思えてなりません。しかもそうした「消費」でなければつながることのできない人間相互の関係は、それ自体がきわめて不安定で、何度水を飲んでも咽の渇きが癒されないような、渇望感、剥奪感をともなう状態、いわば「焦躁という車輪」のなかをぐるぐる回転しているハツカネズミのように思えてなりません。

 次講最終講では、そうした社会のありようをみなさんと考えてみたいと考えています。よろしくお願いいたします。

 例によって場所は池袋の旧日の出小学校です。

7月 23, 2008 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等 |

2008年7月13日 (日)

東大自主ゼミ終講と【very50】講座の件

 7月7日をもって東大自主ゼミ夏学季講座『特攻という「課題」』は12講義を終え終講いたしました。今回の講座は、「特攻」を哲学的視座から「罪責」として捉えなおすことで、現在の私たちを囲繞する社会状況を再度問い直そうとする試みでした。「特攻」の歴史的経緯をさまざまな史料から追いつつ、それとともに、なぜ戦後の日本人が、「内なる罪責」として戦争および「特攻」を捉えてこなかったのか、テロと「特攻」との差異化や「特攻」を殉国の行為として麗しく語ることで、いかに多くのことが不可視化されたのか、そうした問題を「靖国」および「わだつみ」批判を軸に展開して参りました。受講生のみなさんには、12回の講座中、レポートその他でさまざまな意見をおよせいただき、講座自体もたいへん盛り上がった内容になりました。深く感謝申し上げます。

 なお、こうしたゼミについては、機会があれば、今後も展開していきたいと考えています。現在私がテーマとして取り組んでいるのは、この『特攻という「課題」』のほか、2005年に同じ東大自主ゼミで行った『「他者」としての日本~〝ジャパニゼーション〟という文学』、『現代若者論~失われた世代』、『福澤諭吉を読みなおす~時代を貫く教育のあり方』などです。もちろん自著に関するものや近代現代の歴史思想など、さまざま論考しているテーマはありますが、今のところは、この9月13日(土)から開講される宏究学舎での【マルクスの『経哲草稿』を読む】でのゼミで、さまざまなアプローチを受講生のみなさんと展開していきたいと考えています。その節は、よろしくお願いいたします。

 さて、昨日は【very50】の講座の第二講を行いました。消費とフェミニズムをめぐるテーマ(拙書『「感動」禁止!』第三章を中心とした考察)でお話ししました。多くのみなさんの活発な討論をいただき、感謝申し上げます。次講7月26日は、最終講となります。テーマは「教育」と「場(トポス)」の問題です。私たちにいま理念や生き方をともに会話・対話できる「場」は果たしてあるのか。あるいはどうすればそうした「場」を形成できるのか。そうした問題を語り合えるような講義内容にしていきたいと考えています。それと、昨日、この講座のため、お世話いただいた【very50】のスタッフのみなさんにも感謝申し上げます。有難うございました。これもよろしくお願いいたします。

7月 13, 2008 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等, 2. 東大自主ゼミ講座 |

2008年7月11日 (金)

【very50】第二講を開催します。

 【very50】での第二回目の講座を行います。日時は7月12日(土)時間は19時から旧日の出小学校の予定です下記に【very50】のHPを張っておきますので、詳しくはそちらをごらんください。

 今回の講座は拙書『「感動」禁止!』の第三章部分をテクストに、一九八〇年代からの「女性の自立」というテーマを、現代消費社会との関係のなかから論考します。

 わたしにはこの一九八〇年代という時代以降、世界的状況としてこれまで存在した「共同体」的社会関係が市場社会という消費だけが唯一の価値をもつ社会に変貌したように見えています。そのため人びとが分断化され孤立化する中で、つねに剥奪感を抱くように仕向けられ、いっそうの自己実現欲求をつのらせる一方で、そこから周縁化された人びとの「格差」が顕在化してきたように考えています。よくいわれる、いわゆる「夢追い系フリーター」とは、市場社会特有の自己実現のありようであり、しかしじっさいはその市場社会から周縁化されやすい人びとでもありました。

 そうしてこうした若者が、いま非正規労働者として、まさに搾取の対象となってしまっているわけで、そうした問題の局面を、「女性の自立」という視座から捉え返してみようと考えています。

 まずはみなさんの積極的なご参加と討論をお願いしたく思っています。

 HPアドレスです。http://www.very50.com/top.php

 

7月 11, 2008 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等 |

2008年7月 5日 (土)

自主ゼミ最終講のお知らせ

  東大駒場キャンパスの自主ゼミ講座も、次講七月七日で終講です。

 この日は七夕ですね。夜空を見るときらめく星座が瞬き、地球という規模の、さらに日本というカテゴリーの、そのまた自分のせいぜい1メートルくらいの視野の狭さに、がっかりするくらいの失望と矮小さを感じてしまいます。

 ただし、今回のゼミの収穫は、たいへん大きかったように思います。まずは、なにより学生だけのものに堕さなかったこと。さまざまな意見交換がなされたこと、毎回のテクストに対する「感想」という思想的営為が、卓抜だったことがあげられると思います。そんなことを思いつつ、最終講を迎える私自身の思想的営為が問われることを、まずは自身の内面に深く刻みながら、七月七日の最終講に向かいたいと考えています。

 次講最終講のレジュメは、これまでの講義の核になる部分について、お話しするつもりですが、受講生各位が、おそらくは思っていることが非常に多いかと存じます。そうした部分についても十分に議論できるように、講義内容をアレンジしていきたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

 それと、私の講演予定としては、7月12日と7月26日の土曜夜には「very50」での、自著『「感動」禁止!』についての講座があります。そちらの方にも、ぜひご参集いただければ幸いです。(very50 http://www.very50.com/top.php) 

7月 5, 2008 0. 緊急のお知らせ, 2. 東大自主ゼミ講座 |

2008年6月29日 (日)

明日第十一講のお知らせと昨日のお礼

 またまた連絡が遅れましてすみません。明日6月30日(月)も予定どおり自主ゼミを行います。今回のテーマは前講でお話しした『わだつみ』の問題をふまえて、「戦争加害責任」について、1960年以降の動きを押さえつつ論考していきたいと思っています。「特攻」が戦後の言説のなかで、右翼的国家主義に収斂していく状況なども論考してみたいと考えています。

 ところでゼミもこれまで十講が終了し、あと二講を残すのみになりました。そこで前講の際、ゼミ委員からアナウンスがあったかと思いますが、明日講義終了後、6時30分から渋谷でゼミコンパを開催するとのことです。場所等などは、明日連絡があるかと思いますが、これまでの講義への質問や問題の所在などについて、食事をまじえてお話しできれば幸いかと存じます。よろしくお願いいたします。

 それと、昨日【very50】の講座には、多くのみなさんにお集まりいただき、ありがとうございました。この講座は、ともに土曜日の7月12日が第二講、7月26日を第三講として、連続講義というかたちになっています。昨日は、活発な討議がなされて、たいへん充実した時間をすごさせていただきました。受講生のみなさんおよび関係スタッフのみなさんにお礼申し上げます。

6月 29, 2008 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等, 2. 東大自主ゼミ講座 |

2008年6月21日 (土)

6月23日第十講の連絡とvery50、宏究学舎秋季講座について

   <東大自主ゼミ第十講について>

 次講6月23日の第十講は、戦後の「特攻」の言説についての第二回目の講義となります。今回は、戦没学生記念会「わだつみの会」の戦後の軌跡を追いながら、戦後における「特攻」の意味を論考したいと考えています。前講での質疑応答で、知識人の「戦争責任」と政治家や軍部の「戦争責任」の位相と、その重さについて、より明確に分析すべきという議論がありました。私としては、政治家や軍部指導者は国民を先導しているようで、実は国民との一体化をはかることによって、戦争を遂行をする側面が大きいと考えています。知識人は、その特性である「説得力」で国民を鼓舞し、それが自己の保身につながるという意味で、「責任」の質が私的利益に結びついた要素が大きいと考えられます。そうしたことも含めて、次講では論考を深めたいと思っています。

   <VERY50での講義について>

 それから6月28日(土)から各週で、very50という団体で、自著である『「感動」禁止!』の講義を行います。この本は、現代における「消費」というテーマで書いたものです。ぜひお読みいただき、その内容や状況への積極的な討論等をつうじての講座に、ご参集いただければ幸いです。詳細は下記にHPのアドレスがありますので、ごらんください。

     http://www.very50.com/GSS/top.php

 

   <宏究学舎・秋季講座について> 

 次に、今年度も宏究学舎を開講します。期日は9月13日(土)を初講日として全10講座行います。テクストは、カール・マルクス『経済学・哲学草稿』(岩波文庫)の予定です。詳細については後日(8月中旬)に掲示いたしますが、テーマは、現代社会における「人間疎外」です。初期マルクスのテクストとして長らく読まれている『経哲草稿』(略)には、ハンナ・アレントによる批判的な意味での摂取の仕方がある一方で、すぐれて直接的に現代的状況の予言と読み取ることも可能です。いまもう一度、このテクストを読みとる意義は少なくないと考えます。多くのみなさんのご参集があればと存じます。

6月 21, 2008 0. 緊急のお知らせ, 2. 東大自主ゼミ講座, 3. 宏究学舎 |

2008年6月12日 (木)

講演会のお礼と第九講について

 6月7日の雨宮処凜さん、辻元清美さんとの講演会には、多くの方々においでいただき、ありがとうございました。また、学生スタッフのみなさんの企画運営もたいへんよかったと思います。当日は、お疲れさまでした。

 今回の講演で、わたし自身話しながら感じていたことは、「働く」ってことは、どんなことなんだろうかということでした。労働の対価として金銭を得、それを生活の糧とする。その労働への対価が、ここのところ劣悪な状態である。社会的弱者が増産され、その苦境から抜けきることが出来ず、忍従の日々を強制されている。その地点への問題意識から、先日の講演会は、その意識の共有と、その脱出の方途の模索のためにあったのだ、ということはまったくその通りなのですが、では「働く」ということは、生活するための経済的な領域に止まっている問題なのだろうか、という疑問を、あの会場でわたしはずっと抱いていました。

 わたしがそこで考えていたことは、「働く」ということは、その個人が自らの肉体や精神というものの活動を表現手段として媒介させながら、自己を取り囲む「社会」、でなければ「周囲」への時間的空間的な「働きかけ」をすることにこそ、意味があるのではないかということでした。わたしが見るに、請負や非正規労働の搾取の最大の「罪責」とは、この地点にあるように思うのです。労働の対価あるいは評価が、金銭に換算されること自体、マルクスのいう「人間疎外」に外なりません。人々が、自己の暮らしの生命維持としての「労働」に埋没し、思想をその地点から構築していく愚かさを、ハンナ・アレントは「活動」という言葉で対置しながら語っていますが、現代的ハイパーエコノミズム(超金融市場利潤成果主義とでもいうべきでしょうか)のパラダイムにばかりとらわれている「労働」の問題に、人間があるべき志向性とわれわれを柔らかく包み込む環境という視点を注ぎ込む必要を、わたしは感じ取っていた次第です。「働く」ということは、文字通り、われわれの外に「働きかける」ことではないか。そうした言葉の真の意味に、「労働」という言葉を再生させる必要を感じていました。

 そう考えると、企業が広告宣伝、企業イメージのため、環境を意識している、そのための援助をしているという現在的なありように、わたしは強い違和感をもっています。ほんらい、こうした問題は、企業の活動から切り離し、何も対価を求めず、拠出されるべきものじゃないかと考えます。こうした功利主義的発想は、個人の人間としての「活動」を無意味化させる企み以外の意味をもちません。

 ところで、話をかえます。自主ゼミも6月16日で第九講を迎えることになりました。ここから戦後の「特攻」への言説を論考することになります。大熊信行は『国家悪』のなかで、日本という国家および日本人個人の身体の襞にまでしみ通っている、思想的な無責任と一過性的な非歴史性を追求しています。しかしながら、大熊の鋭い批判は、なんども同様な批判がくり返されてはいるものの、なかなか定着していないのが現在の状況のように思います。第九講以降は、批判は批判として、なぜ批判性が時代の転化点を形成しえないのかの問題を、丁寧に論考して行ってみたいと思います。最終講義まで、あと数回を数えるのみです。受講生の方々には、これまでの講義や論考をふまえて、さらなる思考性を模索していただければと存じます。 

6月 12, 2008 0. 緊急のお知らせ, 2. 東大自主ゼミ講座 |

2008年6月 9日 (月)

6月9日第八講について

 連絡が遅れてすみません。明日6月9日は、第八講目に入ります。

 今回のテーマは、「一億特攻」と呼ばれた「特攻」の日常化について考えてみます。新聞紙上を見ると、1944年10月の関大尉以下の「特攻」の記事は、思ったほど大きく取り扱われていません。実際の出撃は290回ほど実施したのですが、そのうち発表されたのは71回でした。その理由は、戦果が上がってないという現実が一方にあるのと、毎度「特攻」では、いかにも負け戦、劣勢なのは明らかで、「特攻」は、いわば国民への興奮剤であるという効能を減少させる恐れが大本営にはあったからと思われます。そのなかで、国民はこの「特攻」をどのように捉えていたか。その辺りも論考します。

 

6月 9, 2008 0. 緊急のお知らせ, 2. 東大自主ゼミ講座 |

2008年6月 1日 (日)

雨宮処凜、辻元清美そして八柏龍紀の講演会迫る!

 連絡が遅れましてすみません。6月7日に『「難民化」する若者たち』というテーマで、若者の劣悪な状況を告発し続けている作家・雨宮処凜さんと衆議院議員・辻元清美さん、そしてわたし八柏龍紀で講演会を行います。

 非正規雇用の現実のなかで苦しむ若者、そのなかで貧困と「負」のスパイラルに落とし込まれている若者、ささやかな希望や夢などに活路を見出そうにも、ワーキングプアという手枷足枷をはめられ、身動きとれない状況になっている若者の「現在」を考える講演会です。

 ただし、わたしとしては、そうした問題にとどまらず、非正規労働者である若者を搾取して利潤追求に突っ走り肥え太っている大企業、いまの政治体制と立法府が無力である現実、若者をそうした窮地に追いやっている「大人」の問題、会社の論理のなかでしか生きられない「正社員」の閉域性なども問題として、議論できればと考えています。

 みなさんの振るってのご参集をお待ちしています。

               

 6月7日(土曜日):13時開場13時半開始

 場所:日本青年会(JR千駄ヶ谷、東京メトロ外苑前駅下車)*神宮球場とその前のテニスコートのとなり。國學院高校、都立青山高校近く。

 主催:NPO法人 学生団体新人会

6月 1, 2008 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等 |

2008年5月31日 (土)

6月2日第七講について

 自主ゼミも過半を過ぎ、特攻の「現実」について前講から論考しています。前講は、レイテ海戦における関行男大尉の特攻出撃に至る問題性を、軍神や捕虜などの問題性と絡めて考えてみました。次講では、その後の特攻作戦のありようについて、沖縄戦で大量投入された特攻の現実を考えてみたいと思っています。

 人間を弾丸にかえて死を強制する作戦は、そのものが「悪」以外の何ものではありません。しかし、どうしてそれが「罪責」として捉えられなかったのか。そこに「この国」の国家、民族、民衆、しくみ、精神などさまざまな問題性がひそんでいるわけで、したがって現象面のみを捉えて論ずるのではないところに、現代に通底する問題の因子が存在すると言うことができると思います。本講座は、ただ単純に特攻の悲劇を伝えようというものではありません。受講生のみなさんには、この点はすでにじゅうぶんに認識されてきていると思いますが、今後もさらなる論考を重ね、いま自分たちの足下にわだかまっている問題性を追求していきたいと思います。

 

5月 31, 2008 0. 緊急のお知らせ, 2. 東大自主ゼミ講座 |

2008年5月24日 (土)

5月26日の講義について

 前講では、「主情主義」が生む病いということで、日本における「死」をめぐる政治性、「美意識」と「抒情」のネジレ関係について論考しました。理解しにくいテーマだったかもしれませんが、「特攻」を「罪責」としてとらえ直し、その上で「テロリズム」との位相、「国民国家」としての日本近代における国家主義などの論考とともに、この自主ゼミのもっとも重要な論考のひとつだととらえていただき、レジュメなどを再度ご覧いただくと、今後の具体的な「特攻」作戦の変容がたどりやすくなるかと思います。

 次講第六講は、特攻という「現実」について(その1)と題し、レイテ海戦における関行男大尉の特攻作戦における「現実」について論考します。いったい「特攻」という概念はいつ頃生まれたか。「軍神」の存在や「捕虜」の概念、それと特攻隊生みの親と目されている大西滝治郎司令官が指揮したとされる重慶爆撃の問題も絡めて、なぜ若きパイロットは「特攻」に出ていったのか。そうした論考も行います。これまでの論考をふまえて「特攻」の意味についての総合的な講義になると存じます。よろしくお願いいたします。

 

5月 24, 2008 0. 緊急のお知らせ, 2. 東大自主ゼミ講座 |

2008年5月19日 (月)

次講5月19日の講義について

 次講5月19日の講義は、いつものようにおこなわれます。連絡が不十分ですみませんでした。次講は、「抒情性と国家、そして特攻」がテーマとなります。今回で第五講となり、前講から引き続いて講座の中では、もっとも重要な問題が論考される予定です。次次講5月26日からは3講義とも、具体的に「特攻」がおこなわれた状況についての講義となります。

 まずは、問題意識をもって講座にご参集いただければと存じます。明日は雨のようですが・・・。

 *ちなみに今週の『週間金曜日』の「こんなことやってます」のコーナーに自主 ゼミのことが掲載されていました。お読みいただければと存じます。

5月 19, 2008 0. 緊急のお知らせ, 2. 東大自主ゼミ講座 |

2008年5月 7日 (水)

次講5月12日の講義について

 連休中は、あまりぱっとしない天気でしたが、受講生のみなさんはいかがお過ごしでしたでしょうか。前講では「戦争とテロリズムの相関」というテーマで、おもにテロと特攻についての講義をいたしました。講義でもっともわたしが心を砕いたのは、テロと特攻の異同をふまえて展開される論理の矛盾についてでした。言い換えれば、相対的な視点にとらわれると、テロと特攻はここが違うから、テロが悪で特攻は正義であるとする論理、同じようなものだから無駄死なのだという安易な結論への連結、その結果、双方に内在する問題を深く掘り下げることなく、ただ問題の結論のみが言説となってしまう問題性をお考えいただきたいということでした。

 次講はそうしたことを含めて5月12日(月)「圧縮された近代国家の形成」というテーマで、そもそも特攻というきわめて理不尽な作戦が敢行された日本における「近代国家」のありようを考えてみたいと思っています。受講生のみなさんには、あらかじめ『近代の超克』における座談会のテクストをお渡ししていると存じます。なかなか読みづらく、いったい何を話し合っているんだろうという感想をお持ちの方も多いかと存じますが、1942年のこの時期にこうしたことが当時の日本の知的エリートと称される人物によって語られたことを、どのようにお感じなるか、その点の短いコメントを寄せていただければ幸いです。

 以前もお話ししたかと存じますが、毎週お願いしているコメントは、なにも論文やご意見などを開陳していただきたいというものではなく、あくまでも講義の準備として、受講生のみなさんの印象といったものを、相互に交換したいという趣旨のものです。今回も大量な文章をお寄せいただいた方がいらっしゃいますが、まとめその他に手が取られますので、できるだけ簡潔にお願いしたと存じます。よろしくご協力ください。

5月 7, 2008 0. 緊急のお知らせ, 2. 東大自主ゼミ講座 |

2008年4月24日 (木)

次講4月28日の講義について

 4月21日はお疲れさまでした。前講では、「特攻」という問題を「罪責」として考えるとして、その思想の基盤を論考しました。ハンナ・アレントやカール・ヤスパース、テッサ・モーリス=スズキなどの言説を引きながら、自己自身が歴史的存在であり、強く他者性を意識せざるをえないという地点から論を展開してみました。ここでの講義は、ある意味、この東大自主ゼミのもっとも重要な思想的根拠を示したものになるかと存じます。不明の点などありましたら、メール等でご質問いただいても、また次講以降、お聞きくださっても可能です。ともに哲学的な命題にひるむことなく取り組んでいただければと考えています。

 ところで、次講は4月28日です。このあたりは連休などがあり、何かと世の中が定着しない状況だと思いますが、その翌週の5月5日は休講となりますので、ちょうど全体の4分の1が終わったことでもあり、これまでの講義内容も含めて見返すには丁度いい講義になるように思います。テーマは、前回お渡ししたテクストの大貫恵美子の『学徒兵の精神誌』などをふまえての「テロと特攻」についてです。さまざまな問題を含むテーマなだけに、受講生のみなさんの積極的なご参加をお待ち申しております。

4月 24, 2008 0. 緊急のお知らせ, 2. 東大自主ゼミ講座 |

2008年4月19日 (土)

自主ゼミ教室の件

 連絡させていただきます。教室は5号館の532番教室です。前回受講されたかたは同じ教室です。新たに参加されるかたは教室等、お間違えのないようにお願いします。

 それとテクストのコメント(意見・感想)の件ですが、今後も10講義にわたってコメントをいただきますので、できるだけそぎ落として短めの文章でお願いします。いま現在では、学生諸君のコメントがあまり届いていない状況です。しっかり対応をお願いします。

4月 19, 2008 0. 緊急のお知らせ, 2. 東大自主ゼミ講座 |

2008年4月15日 (火)

初講のまとめと次講(4月21日)について

 初講日は、お疲れ様でした。

 初講では、講座内容の説明と運営についてお話ししましたが、毎週末ごとの簡単なレポートの提出については、よろしくお願いします。ただし、あまり長い文章ですと紙量の関係で講義にフィードバック(feedback)することが、厳しくなったりしますので、できるだけ簡潔でお書きいただけると幸いです。

 ところで、初講では『「特攻」という課題』という講座名について、とくに「課題」とする意味についてお話いたしました。日本という国は、世界で最初の被爆国である一方で、世界で最初に人間を弾丸代わりに使用した、あるいはそうした戦術を実行した国家であること。被爆国としての認識は、意見の左右を問わずひろく理解されていますが、「特攻」作戦という戦術を生んだことへの深刻な「罪責の認識」が、戦後の「特攻」にまつわる言説をみても、十分に認識されてはいないのではないか。そこをまずは基点において、今後の講義を展開していきたいとお話いたしました。そのためには、初講日でお配りした書籍一覧等などの膨大な資料をふまえての論考、国家と抒情性の問題、また2001年の世界同時多発テロの発生以降の「テロ」と「特攻」の相関や現在のこの国の階級社会・格差社会の危うさなどの現在的な諸問題についても、「特攻」という基点からさまざまな論考をはかっていきたいと考えています。今後、講義内容について、論理的に複雑になることも予想されますので、適宜討論の時間などを設けます。その際には学生諸君ともども受講されているみなさんの積極的な発言をお願いします。

 それでは今後ともよろしくお願いいたしますとともに、前講でおわたしした『紫電改のタカ』(週刊初年マガジン)と『知覧特別攻撃隊』のテクストの読み取りをお願いいたします。

 *追記:人数にはまだ若干の余裕(3人ほど)があります。歴史社会学、あるいは社会哲学の学問領域に関心をもち、こうしたテーマで論考をはかってみたいと考えている学生諸君の参加を歓迎いたします。

4月 15, 2008 0. 緊急のお知らせ, 2. 東大自主ゼミ講座 |

2008年4月10日 (木)

自主ゼミの教室の件

 4月14日(月、16時20分~17時50分)が初講日となる自主ゼミの教室が決まりました。東大駒場キャンパス5号館の531教室(5号館の3階になります)です。ただし、当日になって、ほかの授業の兼ね合いで別の教室になる場合もあるようです。そのときは、教室に掲示をしますので、各自ご確認いただければと存じます。

 ちなみに今日(4月10日朝刊)の朝日新聞<東京マリオン>の紙面で、自主ゼミの案内が出ています。  

4月 10, 2008 0. 緊急のお知らせ, 2. 東大自主ゼミ講座 |

2008年4月 8日 (火)

自主ゼミについて

 4月に入って、世の中もなんとなく動き出した感じです。それにしても最近交通機関の人身事故の多いこと・・・。春になると何かと偶然性(accident)が人間を支配する運命なのか、その点はわかりませんが、いずれにせよそれぞれの学校で新学期が始まり、新入社員が同じようなスーツを着て集団で右往左往したり、新歓コンパで酔いつぶれいる大学一年生の姿を見るにつけ、この時期が一年でもっとも「ハレ」の日々なんだなと思わざるをえません。

 ところで自主ゼミは4月14日に初講日を迎えます。今回の講座は『「特攻」という課題』というものですが、戦時中の「特攻」作戦の解説、いわば「特攻」の歴史的講座ではないかという問い合わせをいただきました。

 ことわっておきたいのですが、この講座は「特攻」の歴史的な解釈を講義するものではありません。むしろテーマに「課題」と入れたように、戦時中に行われた「特攻」という作為が、その作為性に内包された問題性をしっかりと認識することもないまま、おざなりにされていることをまずはふまえて考えたいと思っています。そして、戦後になって経済至上主義の社会が「富国強兵」政策と変わることなく形成され、その結果、現在においても散見するように組織が個人を圧倒し、個々の感情や情緒までを「空気」としてとりこんでしまっている現実を論考することに目的があります。

 たとえば以前から問題となっている過労死の問題でも、企業責任が明確にもかかわらず企業はなかなかその事実を認めようとはせず、組織の論理で個人を圧迫しようとします。そこには組織に頼っていれば安泰だという信仰が大手を振っている現実があり、人びとが組織や集団から離れ個人としていかに生きるべきかという根源的(radical)な問いがほとんど閑却されている状況が見てとれます。

 ハンナ・アレントは、これこそがナチズムを生む温床と捉えました。彼女は『人間の条件』という本の中で、自己の生命維持のためだけの「私的領域」という閉域を超えた「公的領域」を意識させるとともに、その閉域を破砕するものとしての「活動的生活」の意味を提起しています。個人の根源的な問いとは、個人が独占し「私」するものではなく、人間の生存の意味として開かれていなければならない。それがアレントの言う「公的領域」の意味です。「損得」などにしか意味を見いだせない功利性や「生き残り」をかけるなどといった組織防衛的な意図を私的な情緒で粉飾するありようは、個人という根源を亡き者とする企みのように思えます。

 この講座で展開したいのは、「特攻」というものが国家や軍部あるいは世間といった組織性のなかでどのように生みだされ、またその組織性のなかで個人がどのようにつぶされていったのか、あるいは特攻隊員となった個人が、組織の圧迫のなかでどのように変位していったかを基盤において論考するものです。そんなわけで「特攻」の歴史をなぞるわけではなく、また特攻隊員の遺書を「戦争反対」の小道具として立論する意図もありません。以下のような括りは好きではありませんが、歴史社会学的な考察を展開したいと考えているしだいです。

 なお、教室は駒場キャンパスの5号館か7号館になると思いますが、まだ確定とはなっておりません。遅くとも11日(金)には確定すると思います。多くの方々のご参集をお待ちしております。・・・といっても資料その他の準備があり、ある程度の人数になったら、お断りするかもしれません。

 あらかじめゼミ委員の八木くん:akoto.asmy@jcom.home.ne.jpに申し込みを宜しくお願いします。

 

4月 8, 2008 0. 緊急のお知らせ, 2. 東大自主ゼミ講座 |

2008年3月25日 (火)

講演会のお礼

 3月22日の秋田県大館市の講演会は無事終了しました。ご参集いただいたみなさまには、心から感謝申し上げます。

 今回は教育のお話でしたが、よく子どもがいると教育に関心をもち、子どもが成人したり、子どもがいないと教育には関心をもたなくなる場合が多いと言われています。しかし、教育とは言い換えると、今のわたしたち自身の将来、あるいはこの地球上の未来の問題と捉え直していかなくてはならないことのように思います。先日の講演でも、わたしは「教育とはいわば環境である」ということをお話ししましたが、温暖化の問題をひとつの象徴として生物である人類が果たして生き延びるかいなかの環境問題とともに、教育は、わたしたちの思想やわたしたちの生き方をいかにしてまっとうなものにするか、そうした人類の暮らしの内面に大きく作用するテーマのように思います。

 いずれにせよ、わたし自身、さまざまな教職歴を過ごし、さらに若い学生諸君と、彼らの可能性や、彼らと出会う「場(topos)」を求めつつ、いまもあり、またこれからもあることに、何か定まったものを感じさせられた講演会でもありました。

 これからの講演会の予定としては、6月7日(土)に雨宮処凜さんと辻元清美さん(予定)との講演会(東京)が企画されているようです。詳細はまだわかっていませんが、その際もみなさんのご参集をいただければ幸いと存じます。

 まずは先日の講演会においでいただいたかた、主催していただいた高校教育を考える会の方々、そして各新聞社記者のみなさんにお礼申し上げます。

3月 25, 2008 0. 緊急のお知らせ |

2008年3月16日 (日)

下記の講演会の追加内容です!

 3月22日の講演会(秋田県大館市立中央公民館2階視聴覚ホールで開催)についての追加です。主催者のかたから送られた内容をお知らせします。

                       記

タイトル:『今、若者に求められている力とはなにか?』

               ~問題意識を育て、本当の学びをつくるための方法論~

主催者:高校教育を考える会

コメント:つめ込み・追い立ての授業・教育ではない方法とは? 真の学びへの回路を開き、生徒・教員の問題意識をどう高めるか? 受験指導を再考し、未来の主権者を育み、日本人としてどう生きていくべきなのか、八柏氏の講演と意見交換を通じ、教育・子ども・教員・保護者の困難をともに考えたい。

 以上です。日時等をお間違えなく、ご参集いただければ幸いです。     

            

3月 16, 2008 0. 緊急のお知らせ |

3月22日の講演会などについて

 本来のこのHPはブログ的な役割を持つように担当者がつくってくれたのですが、世の中のブログを見ると、あまりにも「見て! 見て! わたしをぼくを・・・」といったものが多く、社会学者的な言葉を使うと「肥大化する自己」ってやつみたいで、できるだけぼくとしては、ぼく自身表現したいものは書籍など「紙媒体」に依拠しようとしているため、ここでは断片的な情報しかあげていません。そのせいか、このささやかなネット上の窓もあまり覗かれることもなく、それはそれでいいのですが、きっと「つまらねー」といわれていることだと思います。まっ、いいかってところです。

 ところで、その断片的な情報のいくつかをお知らせします。

 ひとつに、3月22日(土曜日)に秋田県は大館市というところで講演会をします。内容は、いまの若者の状況と教育問題についてです。ただし、いまだ主催者から正式なタイトルが知らされていないので、いまのところぼくとしてはそんな話でもしようかなと考えているところです。          

 いまぼく自身「若者力」というテーマを抱えているのですが、いまどきの若者(R35未満)には、江戸時代や明治から戦後の学生運動のころなどと対比してどれだけの社会的力量があるのだろうか。そうした若者の力という側面と日本社会にとって若者の位置づけはどうなっているのか。戦争のときのように、血と汗と若さだけを求められる存在なのか。一方で、若者文化とされるカルチャーは、あるいは若者の荒廃と同一的に語られる教育の荒廃という問題にあって、若者は社会にあってどういった存在なのか。成人式などで「荒ぶる若者」をよく見受けるけど、彼らはけっして「モンスター」(異常な存在)ではないのじゃないか、そんなところをいま論考しようと考えています。

 ですから、講演会は勢いそんな話になっていくんじゃないか、それにその集まりには若い先生たちも何人かきてくれるみたいなので、若い先生たちへの問題提起もしていこうと考えています。詳細は以下の通りです。東京から見ると秋田で遠いけど、もしお近くの方で、このHPをごらんのかたはおいでください。

 日時:3月22日(土)13時30分~15時30分(最長16時まで)

 会場:秋田県大館市立中央公民館、2階視聴覚ホール

 主催:秋田県高等学校教職員組合その他みたい(?)、連絡先は若木由紀夫さん(大館工業高校定時制教諭 メルアドは、my725kys-w126-ouaqoq-rzdfv.48@s3.dion.ne.jp

 それともうひとつ。3月29日(土)18時30分からNPO学生団体新人会のパーティー(通称新人会3/28パーティー)を行います。ことしでパーティーそのものは18回目かな(?)・・・。ことしもこの春大学を卒業する4年生の送別とこれから大学に入る1年生の入学祝い、それに会員の親睦をかねて賑々しく行います。今年は、いまのところ新入生の参加が少ないようで、少し心配しています。大学には、いろんなサークルがありますが、そのほとんどが享楽的なものばっかりで、たまに硬派なものも学生のみでの運用ですから、新人会のようにOB(もう30代後半に突入したOBもいます)やマスメディアの方々に鍛えられる会はほかにはないと思っています。

 最近パリのソルボンヌ大学で遊んできた学生が言うには、ある老舗の哲学書の書店に老人夫婦が入ってきて哲学書を読んでいたこと、学生は重い本を抱えてキャンパスを行き交い、本来的な意味で学問の場として大学が存在していたことを語っていましたが、その学生の一言。「ここ(ソルボンヌ大学)には、テニサー(テニスサークル)はないよなぁ」って・・・。たしかに、ぼくもヨーロッパのいろんな大学生なんかを見てきたけど、学生はホンマによう勉強しまっせ!  テニサーはないよな。スペインの学生なんかも、バル(スペインの居酒屋)で仲間と飲んでいても、きちんと問題意識をもって議論しているって感じでした。

 新人会って、けっこうそんな感じの会です。この掲示板を見ている大学生で、新人会の活動に興味のある人は、主催理事の八木くん(東大文3新2年)へメールでもしてみてください(メルアドはmakoto.asmy@jcom.home.ne.jpです)。

 そのほかには東大駒場キャンパスで4月14日から行われる自主ゼミ(『特攻という「課題」』)の概容が固まってきていますが、これについては4月2日前後にお知らせします。

                 

3月 16, 2008 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等 |

2008年2月11日 (月)

2008年東大自主ゼミ開講のお知らせ

 【2008年夏学期、東大自主ゼミを駒場キャンパスで開講します!】

 久しぶりに東大自主ゼミを開催する運びになりました。ちょうどまる2年間遠ざかっていましたが、この2008年度の夏学期に、『「特攻」という問題』というテーマで開講します。このテーマは、わたしがこの数カ年追いかけていたテーマです。なぜ「特攻」作戦は生まれたのか。なぜ若者は「特攻」にむかったのか。なぜ「特攻」攻撃に民衆は熱い賞賛を送ったのか。「特攻」を敢行した国家や軍部の論理はどこにあるのか。そうした問題を、戦後における「特攻」の言説にひそむ問題性と絡めて「特攻」のすべてを全十二講座で論考していきます。

 受講希望の方は、学生委員の下記の連絡先にメールして受講申し込みを行ってください。受講資格などはありません。一般社会人の方も受講できます。受講料は無料です。

                  
 日時:4月14日初講日~7月14日(12講義)
           
△原則的に毎週月曜日5限(16時20分~17時50分)▽
 
校舎:東京大学駒場キャンパス5号館(予定)

  申込先:makoto.asmy@jcom.home.ne.jp(八木淳・東京大学文科3類2年)

*教室や受講内容などの詳細は3月下旬にHP上にて告知いたします。教室等の連絡については、4月上旬教室が決まり次第、告知または受講申込者にはメールで通知いたします。

2月 11, 2008 0. 緊急のお知らせ, 2. 東大自主ゼミ講座 |

2008年1月 9日 (水)

ささやかな論説ですけど・・・。

 今日1月9日(水曜)の朝日新聞朝刊に、わたしのささやかな論説が掲載されています。13面文化欄「〝RE〟の時代⑤」宮崎陽介記者の記事のなかにあります。昨年末取材を受けたものです。記事ともどもお読みいただければ幸いです。

 わたしとしては、現在温めているテーマがいくつかあります。本年は、それらのテーマをさらに深め、出版できればと考えています。情報が至上とされ、資源の枯渇と同じように人間の条件としての思想性が痩せてきている昨今の状況に対峙していく、いわば自らも含め人びとが心の糧として、自らとその社会をふり返ることができるような仕事をしたいと願っているところです。それとともに、これまで同様、社会哲学ゼミである宏究学舎も開講する予定です。上記の記事は、そうした意味でのスタートなのかなとも思っています。今後の著作活動も含め、これからも引き続きよろしくお願いします。

1月 9, 2008 0. 緊急のお知らせ |

2007年12月31日 (月)

2008年新年のごあいさつ

 2008年あけましておめでとうございます。2007年は多くのみなさまのご厚情をいただき、愉しい一年を過ごさせていただきました。昨年同様、本年もよろしくお願いいたします。         ところで、いつも新年をむかえると、きまって思い出す詩があります。田村隆一の「新年の手紙」という詩がそれなのですが、毎年、その詩をイメージして、下手ながらも詩を書いて新年をむかえるのを、ぼく自身つねとしていました。時間、地球、人間、戦争・・・。詩のテーマは毎年かわりましたが、この21世紀の現在に生存している自分を、新年では他の惑星から、あるいは過去か未来から眺めるようにして、詩を書いてきました。           そんななか、また再び田村隆一の詩の遭遇する機会があり、あらためてこの詩の巨人の言葉を噛みしめたとき、言葉がさまざまに共鳴し反発し、おおきな交響楽のようにぼくの脊髄に響いてくるのを感じました。かなわない・・・。べつに勝ち負けを言っているのではなく、時代の質が異なった空間での別の生き物のような、そんな感慨に拍たれてしまいました。そんなわけで、今年は、田村隆一の「新年の手紙」を、今年の巻頭の辞に置かせていただき、みなさまの今年一年のご多幸と美しい時代をお過ごすできますこと、そして地球上の戦禍がなくなり、悲しみの量がすこしでも減少しますことを祈念して、新年のごあいさつに代えさせていただきます。

元気ですか
毎年いつも君から「新年の手紙」をもらうので
こんどはぼくが出します
君の「新年の手紙」はW・H・オーデンの長詩の断片を
ガリ版刷りにしたもので
いつも愉しい オーデンといえば
「一九三九年九月一日」という詩がぼくは大好きで
エピローグはこうですね―
 『夜のもとで、防御もなく

 ぼくらの世界は昏睡して横たわっている。
 だが、光のアイロニックな点は
 至るところに散在して、

 「正しきものら」がそのメッセージをかわすところを
 照らしだすのだ。
 彼らとおなじくエロスと灰から成っているぼく、
 おなじ否定と絶望に
 悩まされているこのぼくにできることなら、
 見せてあげたいものだ、
 ある肯定の炎を。』
ナチス・ドイツがポーランドに侵入した夜
ニューヨークの五十二番街の安酒場のバーで

ドライ・マルチニを飲みながら
オーデンがひそかに書いた「手紙」がぼくらの手もとにとどいたときは
ぼくらの国はすっかり灰になってしまっていて
政治的な「正しきものら」のメッセージに占領されてしまったのさ
三十年代のヨーロッパの「正しきものら」は深い沈黙のなかにあったのに
ぼくらの国の近代は
おびただしい「メッセージ」の変容の歴史 顔をかえて登場する
自己絶対化の「正しきものら」には事欠かない
ぼくらには散在しているアイロニックな光が見えないものだから
「メッセージ」の真の意味がつかめないのです

大晦日の夜は材木座光明寺の鐘を聞いてから
暗い海岸に出てみるつもりです きっとすばらしい干潮!
どこまでも沖にむかって歩いて行け!
もしかしたら
「ある肯定の炎」がぼくの瞳の光点に
見えるかもしれない
では

                       『詩人のノート』(朝日新聞社 1976年)より

12月 31, 2007 0. 緊急のお知らせ |

2007年11月21日 (水)

23日の講演会と次回宏究学舎について

  いよいよ森達也さんとの講演会が、明後日(11月23日金:慶應三田キャンパス519教室-15時30分~)に迫ってまいりました。テーマは運営学生が設定した「権力とアウトサイダーを語る!」というものとなっていますが、そもそも「アウトサイダー」ってなに? 「三ツ矢サイダー」じゃネーのって? シャレとしてまったく成功していませんが・・・、今回はいわば余所者、異端者、部外者、一匹狼などなどといった意味をもつこの言葉(outsider)と権力の関係性についての話しになるかと思います。

 森達也さんは、ドキュメンタリー映画『A』をはじめ、『放送禁止歌』も含め、正しいとされている善意の社会のなかでの不可視化され、排除されてきた人間や組織および思想や活動に着目した作品を多く世に問うています。たしかに、自明とされてきたわれわれの日常に潜む、あからさまな他者への排除や憎悪の構造は、そのままある時点でいつしか自分自身も排除され憎悪や嫌悪の対象になるかも知れないという陥穽を宿しています。ヒールキャラで売った亀田親子、まさにゴルフだ焼肉だ接待だと、まさに「オヤジ」、それしか遊びはねーのかってツッコミを入れたくもなる防衛省の事務次官、あたふたとする利権に群がった大臣・政治家、「東北人は口べた」と決めつけなくても・・・と思うわがままに育った野党政治家などなど、「勝ち組」的権力の構造を破砕しながら、いま「アウトサイダー」の意味を考えることは、そんなに悪いことではないように思います。多くの皆さんのご参集をお待ちしております。

☆☆引き続いて11月24日(土)の宏究学舎のお知らせです。会場は前回と同じ奥沢東地区会館です。今回はいよいよ「活動」の章に入ります。さまざまに展開していくアレントの思想的変移を楽しむまでの余裕はないかと思いますが、抽象的な概念をなるべく具体的な問題に落としてみて考えると、わかりにくいことも、すとんと落ちてくることもあります。なんでもかんでも文章を支配するのではなく、わかったことの意味を深めていくことも重要に思います。次回以降の発表者の語る言葉に注目していきたいと思っています。△

11月 21, 2007 0. 緊急のお知らせ |

2007年9月17日 (月)

2007年度宏究学舎冬学季のお知らせ

 毎日、不安を孕んだ灼熱の太陽が、青いはずの空を膿んだように焦がし続けています。落日は熱帯の乾燥した赤土を炎で燃やすように、今日も地平線に落ちていきました。まさにこれは異常気象としかいいようがない状況でしょう・・・。盛んに燃やされるかつては生物体にほかならなかった化石燃料が、地中からあるいは海中から掘り出され、人間の手で燃えさかり、巨大なエネルギーを出すとともに、地の底の怨霊が地上に激しく放出されたかのようにすら覚える2007年の9月です。

 ところで僕は、9月の上旬までボスニア=ヘレツェゴビナやクロアチアをほっつき歩いてきました。サライェボの街には、戦争の傷跡がそこここに残り、蜂の巣のように弾丸が撃ち込まれた建物が夥しくあり、市内のあちらこちらには真新しい白い墓標が立ち並ぶ墓所がいくつもありました。人種、宗教、言語や習慣によってモザイクのように入り交じったサライェボの街に、僕は第二次大戦を経験した世代、さらにボスニア戦争の骨肉の悲劇を知っている世代、そしてそうした戦争の経験が希薄な戦後世代とによって識別される、もう一つのモザイク模様を感じざるをえませんでした。歴史と時間、空間と人種、そんなものがわけもなく渾然と静かにたゆたっている場の意味を、青い空とブドウがたわわに実る大地から感じとることができました。

 そこで2007年冬学季の宏究学舎の開催をお知らせいたします。開催日は10月6日を初講日として、原則毎週土曜日の14時30分~17時まで、全体で10講義の予定です。すでに10月と11月の会場は押さえています。10月6日の初講は尾山台地区会館で行います。そこでテクストですが、ハンナ=アレントの『人間の条件』(ちくま学芸文庫)を予定しています。今回の宏究学舎は、まず受講生の「読む力」の育成に全力をはかろうと考え、僕自身によるまとめの講義をしっかり行い、受講生の発表も要約の作成に重点を置くつもりでいます。

 受講希望者は、このHPのメールアドレスにご一報ください。難解なアレントをこの際完読してみたいかたならどなたでも参加できます。初講日まで半月ほどですが、多くの方々とアレントを読めたら幸いと存じます。受講費や会場などのご連絡は、後日、当HP上でお知らせいたします。

9月 17, 2007 0. 緊急のお知らせ |

2007年5月10日 (木)

古本ツアーのお知らせ

   古本ツアーのお知らせ

 今週の宏究学舎は休講です。次回は5月19日(土)となります。                                                                休講の理由は、5月12日(土)に、学生の団体である新人会が、毎年恒例の【古本ツアー】を行うためです。要領は下記に載せますが、このツアーの特徴は、神田の古本屋さんをまわって、いい本を探すということにあります。古本は、学生にとっても社会人にとっても、新刊書とは違って、名作や名著を探すうえで欠かせないものです。しかし、どんな本が、どこの書店にあるのか、あるいは古書店でも得意な分野がありますので、自分の求める本はどこの書店に行けばいいのか、そうしたことを知るために、この時期に毎年企画されているのが、この【古本ツアー】というわけです。特に今年は、神田古本街から、石井秀一さんをお招きして、ガイダンスをうけ、それからいい本探しの旅に出て行こうというわけです。ひとりでも多くの皆さんの参加をお待ちしています。

            記

日時:5月12日午前10時50分 駿河台・明治大学リバティタワー1Fロビー集合!     *遅れる場合は、13時ちょうどに同じ場所で、ミーティングを行いますので、その時間でも結構です。

日程:11時10分日本古書センターで神田索文館・石井秀一さんから「古本を選ぶコツ」のお話しを聞く。その後、オリエンテーションを行い、古書センターを見る。             12時過ぎをめどに昼食(自費)・懇親。13時再度明治大リバティータワーに集合。            15時ころまで神田古本街を散策して古本めぐり、その後早稲田大学近辺の古本街を散策。16時30分を目途に解散。

5月 10, 2007 0. 緊急のお知らせ |

2006年12月23日 (土)

講演会のお礼と、その前の雑感。

 先日、かつての教え子から、インターネット上の人物事典があることを聞いた。それに、わたしも掲載されているらしい。教え子氏曰く、従来の岩波書店なんかから出ている人名辞典と違って、インターネットの参加者によって記事の内容が作り上げられていくという新しい試みとのことであった。それにつけて、かって学生だったときの卒論ゼミでの一光景が思い起こされた。                                            大江健三郎論をやりたいという学生に、主任教授は君はその論文をどこぞの出版社にでももっていくつもりなのか。ならば、君の評論を卒論として受理できない。卒論は、時代性を背景にその作家の文学的意味を論ずるものであり、そこに限界があるものなのだ。つまり、教授の言い分は、その作家がまだ存命していて、いつその文学的意匠を転換していくのかわからないのに、いまの時点で、その作家を評価したり批評することは、君たちの力量からいって不可能だし、仮に書いたとしても、それはいわば当てずっぽうな勝手な解釈であり、そこに学問的価値もなければ意味もない。相手に嘘だといわれれば、それで終わり。そんなものを卒論として指導することはできないというものだった。

  思うに、個人への評価や批評は、相手の個々の作品や行動に限定されるのならともかく、相手が実存している以上は、全体的なものとは決してなりえない。個人は時代とともに変化をとげ、または反対に変化しないことで、存在しているなかで時代が変わり評価や批評が変更されることもある。ましてや内部告発や権力への対抗手段でない限り、匿名性に隠れてそれらが行われてはならない。それは個人の責任性を狡猾に忌避した単にゴシップ(噂か流言飛語)でしかない(週刊誌などのゴシップ記事は、その責任が発行元に帰すが、匿名に隠れたネット上の誹謗や中傷は、責任性が皆無といっていい)。                                                                               近代社会における個人という概念には、最低限、そうした意味合いが含まれていたように思う。 しかし、ネット社会は、こうしたルールをいとも容易く突きぬけていってしまったようだ。それだけ、個人が軽量になり、原子(アトム)化し、他者のどれとも区別のつかない虚無的な意味しかもてなくなったのかも知れない。教え子氏の話を聞きながら、どこの誰かも知れないインターネットの参加者に、自分自身の何ごとかが評価されたり批評されている気味の悪さを感じてならなかった。                                       もちろん、そんな勝手にされていることまで、わたし自身コントロールできないわけだから、勝手にするがいいや、と思っているが、その一方で、この虚無的で責任性のない、いわば透明人間となって愉悦を貪ろうとする低劣さは、時代といって片づけられない、なにか不気味なものを感じる。

 ところで、そんななか、12月17日には姜尚中氏とわたしとでの講演会がおこなわれた。運営学生の話だと120名以上の多くの聴衆が集まってくれたとのことで、よかったと思うと同時に、講演やデスカッションの内容的にも深みのでたものになったと思う。自分自身いろいろ話しながら、思想の襞を幾重にも突き詰めようとすることで生じる難解さを、いかに平明に伝えるか。その難しさを再確認した講演会でもあった。                   姜尚中氏はじめ、学生諸君、そして当日お集まりいただいた多くの人びとに感謝申し上たい。

 それにつけても、2006年もあとわずかになった。21世紀を迎えて、世情を見渡してみると何やら時間が経つのが早まったような気がする。それが、いそいそと終末にむかっての歩みの早さとは別のものであることを祈りたい。          

 

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2006年10月26日 (木)

  小講演

  小講演会のお知らせです。

■テーマ:戦争の記憶と特攻について~被害という問題と「他者」性をめぐって

■日時10/28(土)
場所:早稲田大学関口ビル会議室

■時間15:00開始
講演と質疑応答で17:00くらいまで

■連絡先:坂入英人
mail_of_h.skir@suou.waseda.ne.jp

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2006年10月23日 (月)

10月28日(土)の小講演会について

 ぼくの書斎部屋の右方には、樹木の名はわからないのだが、空に突き出して伸びた隣家の二本の樹木が見える。そして、その後方には、先史時代、この地域の豪族が造成したであろう古墳跡の樹木群が見える。                                            多摩川を遡航してくると、目の前の古墳は右手高台に位置することになる。古墳の表面は葺石で覆われていたわけだから、遡航してきた船から見ると、鬱蒼とした緑のなか、太陽に光を受けた古墳は、ぴかぴかに輝いていたに違いない。ただし、それは遠い過去の記憶となる。かつての古墳には、いまは神社が営まれている。そして神社は小さいながらも森に囲まれている。川面から見ると、それは河岸段丘に広がる森の一部となってしまった。

  東京ではここ数日、秋の晴天が続き、「常秋」とでも名付けたい気持ちのいい風が吹いていた。そして、今日は昨夜からの雨である。昨日まで、隣家の二本の樹木は、秋の陽射しのなかぴかぴかにその表葉を輝かせていた。今朝は、雨に濡れて重たげである。

 そんな風なことをぼんやりと思いながら、この10月28日に学生諸君が計画している小講演会で話す内容を考えている。北朝鮮の核実験の波紋は、北東アジアに住む人びとにとって、ざわついた危機意識をもたらした。戦争へのシナリオを描いてみせる評論家やマスメディアの商業主義の臭いのする言葉、まるで蜘蛛が吐き出す糸のような言葉に、人びとは思わず絡め取られていくようにも見える。テーマは、いま熟考執筆中の「戦争の記憶と特攻」についてということであるが、見えている現実を離れて、ものは考えられない。21世紀初頭の北東アジアに住んでいるぼくとして、目の前に見える樹木の景色同様、目には見えないが惻々と感知されるものがある。戦争という人間の生み出した思想に、どうにか切り結んでいきたい。

 *講演会の情報については、早稲田大学近くで、10月28日午後3時からという情報し  か、ぼく自身も知りません。会場などについては、企画している新人会の坂入君から連絡を受けて、25日くらいに告知します。

 

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2006年10月 9日 (月)

自主ゼミおよび宏究学舎実施中止について

 秋台風が過ぎ去った東京には、蒼穹な天空が覆い、鳥たちの羽根を折るような風が、一日中吹いていました。こうして秋が深まり、冷雨が樹木を凍えさせ、冬にむかう。そうした季節という隈取りのなかで、私も長い時間を過ごしてきたと感じています。              ただし、北東北の日本海側の地方に生まれ住んでいたわたしにとって、冬とは、12月下旬から翌年3月まで鈍色の雲に囲まれ、激しく降り注ぐ白雪と足元をすくうような地吹雪の冬であって、石炭ストーブのコークスの臭いと、囲炉裏にくべられる炭と薪の焦げる香りのする冬でした。                                                   そんな暮らしからとっくに離れた今でも、わたしには、いつまでもいつまでも降り続く、恐怖をともなった重く湿った圧雪の風景や、その一方で冷たい綿布団の中に祖母がおいてくれた湯たんぽの温もりが、かすかな記憶となり、吹雪の夜の恐ろしい風の音とともに蘇ってくることがあります。かじかんだ手足の記憶。それが囲炉裏の暖かさや湯たんぽの温もりで溶かされていく記憶。冬は、わたしにそんな記憶を残しつつ、いつのまにかわたしのなかの思いや抒情を紡いでくれたように思います。

 ところで、この10月から東大自主ゼミを実施する旨をHPに告知しましたが、自治会の都合とわたし自身現在抱えている執筆その他の都合で、実施しないことにいたしました。すでにゼミに参加したいという希望も寄せられていて、期待なさっていた学生諸君には申し訳ないのですが、今執筆中の著作を仕上げるということで、勘弁いただけたら幸いです。実際、3・4年前から自主ゼミが重荷になったいたことは事実で、そのため時間的にも精神的にもずいぶん無理を自分自身に強いてきた感があります。この際少しでも時間をとって、いい作品をと思っています。ご理解いただけますようお願いいたします。         また、宏究学舎のほうは、2月中旬以降には適当な時間が受講生の皆さんと共有できると思いますので、2007年2月中旬から集中演習というかたちで実施できると思っています。その際には、よろしくお願いいたします。

 HPを再興して、さまざまなよしなしごとでも書き連ねようと意気込んではみましたが、時間に追われ、気がせいて、なかなか書けないものです。昨年夏から今年の夏まで、北京・長春・藩陽・平頂山・ブタペスト・ウイーン・プラハ・上海・南京・紹興・蘇州・杭州・イスタンブール・カイセリ・カッパドキア・アテネ・エーゲ海などの諸都市をぶらついてきました。そんなことも書ければいいのですが、そうしたことがまだわたしの内部で各々がモザイク模様のように強い光を発していて、わたしの貧弱な精神では、いまだ掴みきれないでいます。                ・・・街の佇まい。市場での喧噪。蒼く透きとおった空と子どもたちの眼差し。そして戦禍の跡とひそかに眠る悲しみの記憶と呻吟。カフカの憂鬱とエゴン・シーレの狂気。酒場の陽気さとボスフォラス海峡の夕陽・・・。この秋から冬にかけて、ひとつひとつの断片を、めまいを覚えつつ感じていこうと思っています。何かを感じられたら、少し書いてみたいと思っています。

                                      

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2006年4月30日 (日)

【宏究学舎】2006年夏季講座開講

■テーマ■
どのようにものを考えるか、どのようにいまある時代と自己を内面化できるか。
自明としてあるものを疑い、特別なことが普遍としてあること知る。
細部に意味を見出し、大きなものの価値を検証する能力をつける。
自分の言葉で他者を捉え、他者の視点で自己を見直す。
内面化する意味は、上記のことにある。
まずは、テクストを読むことからはじめよう。そして、次には考えよう。最後にはそれらの言葉を自分の体のなかにぎゅっと詰め込んでみよう。
そのとき、ひとつの地平が見えてくることもある。

■テキスト■
『「文明論之概略」を読む』(上・中・下) 丸山眞男 岩波新書
タイトル:近代国家の意味と思想の独立を考える!

■講座初講日■
初講日・5月6日(土)-14時30分

■期日■
5月20日・27日、6月3日・10日・18日・24日、7月1日
*全八講座-原則として毎週土曜日14時30分から(日曜日の日もある)

■場所■
尾山台地区会館
東急大井町線尾山台下車
*東急東横線自由が丘乗り換え、大井町線へ下車して環八方向(警察派出所の反対)に歩いて3分

■参加費■
あわせて3000円

4月 30, 2006 0. 緊急のお知らせ, 3. 宏究学舎 | | コメント (0) | トラックバック (0)